堀場 純矢 社会福祉学部准教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
筆者は2012年9月に金沢大学に提出した博士論文をもとに加筆・修正し、2013年7月に明石書店から『階層性からみた現代日本の児童養護問題』として公刊した。ここでは本書の目的と概要について、章ごとに紹介させていただく。
日本では近年の社会状況を反映して、貧困問題が深刻化している。そのようななか、児童相談所における児童虐待相談対応件数が年間約6万件(2011年度)となり、過去最多を記録した。こうした現状から、児童養護問題(以下、養護問題)に関する近年の先行研究は、「子ども虐待」に関するものが多い。しかし、その多くは現行制度の枠組みのもとでの子どもと家族への支援など、目の前にある現象の把握とそれへの対応についての分析が中心的な課題となっている。
この点について筆者は、養護問題の背景にある親の労働・生活問題を、社会のしくみと関連づけて分析しなければ、その構造を明らかにすることはできないと考える。そこで本書は階層的な視点から、児童養護施設でくらす子ども、親、児童養護施設生活経験者、施設職員などの多面的な実証分析をとおして、養護問題の構造を明らかにすることを目的としている。
1章では序章で述べた点をふまえ、「養護問題」に関する主な先行研究について、「児童福祉」と「児童養護」の関係を整理した上で、①階層性の視点がない研究、②階層性の視点に依拠した研究の2つの視点から分析した。そして、先行研究の問題点と評価すべき点を指摘した上で、「養護問題」を「雇用労働者・自営業者などの社会階層にある子育て世帯の生活の維持・再生産の行き詰まり・困難の問題」として、「養護」を「養護問題に対する制度・施設・サービスの総称」と定義した。
2章では養護問題の歴史的背景について、時期ごとに分析した。まず、「高度経済成長期」は出稼ぎや集団就職による労働力の大移動と、そのもとでの過酷な労働などにより、父母の「長期入院」や、核家族化の進行に伴い、家庭の養育能力が低下し、幼児の入所が増加した。続く「オイルショック以降の不況期」は、企業の倒産、消費文化やサラ金の隆盛により、父母の「行方不明」「離別」や、非行・不登校が社会問題化し、中学生の入所が増加した。
そして、バブル崩壊以降は、不況と雇用の不安定化のもとで父母の労働環境が悪化し、社会的に孤立して心身を病み、子どもを虐待・放任するに至るほど、追い込まれる状況が増加した。とくに近年は父母の精神疾患や施設でくらす子どもの健康状態にみられるように、養護問題が深刻化している。このように時期ごとの入所理由の変化の背景には、雇用と働き方の劣化を基底に、消費文化・生活様式の都市化が助長される社会環境が大きく作用していることが浮き彫りとなった。
3章では6施設の調査(父母352名)をとおして、養護問題の階層性を分析した。ここでは、祖父母の代からの貧困の再生産を背景として、①:親の学歴が低いこと、②:①の結果、「不安定就労」と「無職」が多いこと、③:②が影響して「国保」と「無保険」の割合が高いこと、④:厳しい労働・生活実態を反映して親の健康問題が深刻で、社会的に孤立していること、⑤:階層が固定化していることなど、養護問題を抱える子育て世帯が不安定層で、深刻な貧困問題を抱えていることが浮き彫りとなった。また、親の労働問題を基底として生活問題が深刻化し、最終的に子どもへの虐待・放任などの養護問題として顕在化していることも浮き彫りとなった。
次に4章では5施設の調査(子ども211名)をとおして、親の生活条件(3章)が子どもにどう影響しているか、階層性が鋭く反映する健康状態を軸にして分析を行った。ここでは、親の生活条件が大きく影響し、施設入所時の子どもの健康問題が深刻であること、および、施設入所後に子どもの健康問題が大幅に改善した一方、「精神的不安定」が大幅に悪化していることが浮き彫りとなった。この背景には養護問題の深刻さに加えて、措置費や職員配置基準の低さなどの施設の貧困さがある。ここでみた子どもの健康状態は養護問題の階層性を鋭く反映しており、この作業をとおして養護問題の深刻さが鮮明になった。
まず、5章では3章をふまえ、児童養護施設で家族支援がどのようになされているか、そこからみた制度・施設の課題について、児童養護施設11ヶ所の調査をもとに分析した。ここでは、定員規模に応じた家庭支援専門相談員の配置、児童相談所との連携、研修の必要性などの制度・施設の課題が浮き彫りとなった。さらに、家族支援が有効に機能するには、職員が養護問題の階層性と親が抱えている生きづらさを理解した上で、職員集団として組織的に家族支援に取り組む必要があることも浮き彫りとなった。
次に6章では家族支援のノウハウをもっている母子生活支援施設10ヶ所の調査から、家族支援のあり方を分析した。ここでは母子の健康・生活問題の深刻さとともに、職員体制や心理ケアの手薄さ、自治体の人事制度(人事異動、天下り)など、施設の自助努力だけでは限界があることが浮き彫りとなった。さらに、母親の多くが「生活文化の貧困」と精神的な不安定さを抱えていることから、母子が健康で文化的にくらすことができる施設環境の整備や職員配置の拡充が必要であることも浮き彫りとなった。
養護問題の背景には親の労働・生活問題(3章)があるが、それだけでは養護問題が子どもにどのように現れているか、具体的な姿がみえにくい。そこで7章では児童養護施設生活経験者(以下、施設生活経験者)8名の調査から、養護問題の具体的な姿と制度・施設の課題を分析した。7章では①施設生活経験者が抱えている悩み・苦労(社会生活への不安、引け目、自己否定感など)、②施設入所による生活の改善と行事の意義、③職員の役割の重要性、④養護問題の具体的な姿が浮き彫りとなった。
7章でみたように、施設生活経験者の多くは「生活文化の貧困」を背景に、それが彼らの自己否定感と他者への不信感につながり、引け目も影響して人間関係の貧困に至りやすい。さらに制度の不備・不足と教育機会の格差が彼らの進路選択の幅を狭め、施設生活経験者同士の同棲・結婚など、狭い人間関係のなかで脆弱な生活基盤の者同士が結びついているケースもあった。したがって、ここで明らかになった点をふまえ、制度や施設におけるケアを再検証し、実態に即したものにする必要がある。
児童養護施設職員(以下、職員)の雇用・労働条件は、養護問題対策の水準を示しており、それがケアの質に大きく影響している。そこで8章では5施設(職員91名)の調査から、職員の労働問題とそこからみた制度・施設の課題を分析した。8章では、①正規職員の名目賃金は関連職種と比較して低くないが、公務員との賃金格差が大きく、「働き方」の視点からみると問題があること、②非正規率が高まっていること、③健康問題を抱えながらも、仕事にやりがいをもつ職員が多いこと、④職員の多くが辞めたいと思ったときに、同僚や上司に支えられていること、⑤研修への意欲・満足度の高さ、⑥労働組合(以下、労組)の認知度の低さと重要性、⑦職員配置基準・施設整備予算の整備・拡充が必要であることなどが浮き彫りとなった。
また、「労組の有無別」では、「労組あり」の職員は「労組なし」と比較して、学歴で「大学卒」、雇用形態で「正規職員」、勤務形態で「継続勤務」、「研修」の参加率などの割合が高いのに加え、職員集団もまとまっている。本調査はサンプル数が少なく、統計的な分析としては限界があるが、先行研究をふまえると、職員が安心して働くことができる労働条件・労働環境、および、労組をベースにした職員集団づくりの重要性が浮き彫りとなった。
最後に9章では、前章までの実証分析をふまえ、本書の結論とともに養護問題の固有性と子育て世帯との共通性・連続性、および、養護問題の固有性に対応した政策課題(雇用・所得保障とアウトリーチ型の家事・育児支援を軸とした社会政策・社会福祉制度の整備拡充)について述べた上で、得られた知見と意義、今後の研究課題について述べた。
以上のように、本書は養護問題を階層的な視点から、多面的な実証分析をとおしてその構造を浮き彫りにしている。今後の研究課題も多くあるが、同窓生や児童福祉施設で働く職員の方々に読んでいただき、ご批判とご教示をいただけたら幸いである。
※2013年8月10日発行 日本福祉大学同窓会会報111号より転載