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ソーシャルワークの専門性の展開をめざして

研究紹介
「ソーシャルワークの 専門性の展開をめざして」

田中 千枝子 社会福祉学部教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

 私は1980年代の前後15年にわたり医療ソーシャルワーカーとして過ごしました。その間患者さんやご家族、チームメンバーたちと喜びも怒りも哀しみも楽しみも共にして、そこでのすべての学びが私の今に至る研究の基盤となっています。そこで身につけた社会問題へのリアルな意識や実践理論によるものの見方や価値・倫理を問い続ける感覚、ソーシャルワークアセスメント分析の技術やチームをあげての計画化の力量、インタビュースキル等を使いながら研究を行っています。さらにその後も社会や現場の変遷を実践者としての体験的アンテナを張りながら、実践仲間や当事者の方々に「今」を教わりながら、現実をフォローし研究に結び付けています。常に臨床と研究との循環運動を行っていることは、私の研究をより深く幅広いものにしてきました。

(1)始まりは専門職養成

 私が教員になった大きな動機は、「次代のよりよいソーシャルワーカーをつくりたい」でした。教員生活20年弱でゼミ卒業生は現在で180名ほどになりますが、その8割強は全国でMSW・PSWとして活躍しています。研究としては保健医療領域のソーシャルワーカー養成のために、専門基礎教育として何が必要なのか、社会福祉士・精神保健福祉士養成のための科目である「保健医療サービス」と「社会福祉援助技術論」テキストの編集・著作等に携わる中で、各大学のシラバスの分析をしながら考えました。また日本MSW専門職団体の研修体系委員となり様々な研修を企画・実施しながら、MSWにとっての生涯キャリアパスとは何かについて検討しています。またMSWやPSWのみならずケアマネジャーや社会福祉士・介護福祉士・リハビリテーション療法士・看護師・臨床心理などの研修にも呼ばれることが多く、その専門性の垣根を越えたヒューマンサービス・ケアの支援者養成に必要な要素が何であるのかについても研究しています。とくに「人の尊厳」にかかわる当事者主体の支援の核になるナラティブ、ストレングス、エンパワメントなどの支援の哲学と方法論の伝授が重要であると思っています。

(2)スーパービジョン研究への広がり

 従来から事例やロールプレイを介して演習形式で授業を行うことは、私にとって大きなウェイトを占めていました。また今でも卒業生やMSW協会やケアマネ協会、地方自治体等の依頼を受けて、事例検討からなるスーパービジョンを月に5~6回は実施しています。こうしたスーパービジョンが今後私の研究のホットスポットとなると考えています。スーパービジョンとは人材養成の一つの方法であり、専門職や組織が社会に対してサービスの質を担保し向上させることを目的とした過程で方法であると言われています。「支援者のための支援」であり、バイザー・バイジーの信頼と契約の関係性をもって、相互に影響しあう関係や経過の内実が問われます。古典的にはkadushinによる「管理」「教育」「支持」3機能が有名ですが、現代社会の複雑さや制度疲労や矛盾が蔓延した社会問題発生の場面で、新たなスーパービジョン概念や機能、方法論等への提言等の日本での再理論化がすすまなければ、ソーシャルワーカーはお役に立たない専門職となりその行く末が心配されます。

 もともと行政には査察指導員制度があり、また医療など一部の領域で任意でスーパービジョンは実施されていました。しかし組織的な必要性認識・効果なども含め、その広がりは十分とは言えませんでした。一方で社会福祉士・介護福祉士制度ができて20年が経過し、次のステップとして認定制度が2013年度より開始されました。社会福祉士認定機構が組織され、認定のための科目の中にスーパービジョン演習が設定され、スーパービジョンの受講や実施の体験が専門性の向上に求められるようになりました。専門職制度化にスーパービジョンを必要とする流れは2008年に介護保険に主任ケアマネジャー制度が発足したことにあらわれています。支援専門職を専門職たるものとするため、スーパービジョンが求められており、研究としてもその効果をしてこたえねばなりません。

 しかしながら支援者が対峙する現実は従来とは異なり、制度では解決できない複雑で複合的な生活困窮問題を抱えた当事者が多く、一施設一機関では抱えきれない生活の総合的問題が、地域というブラックボックスの中でうごめいている状況です。問題に対応する支援資源も多様さを増し、地域の多職種多機関連携で解決すべき課題も増えてきます。また支援の責任主体をワンストップにしようとする動きもあり、伴走的支援者も必要とされます。そうした困難な状況において、支援者は「燃え尽き」で離職したり、燃え尽きるほどのエネルギーがないと、「くすぶり」状態の中で専門職による虐待や放置・怠惰がおきることが問題視されています。そこで燃え尽きへの緩衝効果を持ち、問題と解決のための新たな課題解決機能を発揮できるような支援者への支援であるスーパービジョンの概念や手法を研究していく必要があります。そのために日本福祉大学ではこのたびスーパービジョン研究センターを立ち上げ、権利擁護研究センターとヒューマンケア研究センターとともに、3センター共同研究事業として、スーパービジョンを柱に研究プロジェクトを考えています。生まれ出ようとするセンターの今後の成長のためには、研究コミュニティーの形成が必要であり、ここは同窓会の皆さまのご参加をお願いするところです。

(3)研究手法としての質的研究法

 実践者であったことが研究者の私を支えていると感じます。ソーシャルワーカーであることが直接研究にとくに役立った部分が質的研究の方法論で、質的研究とは量的研究の対語のように使われますが、何らかの現象を名付けながら分類・分析記述していく手法で、通常意識せずに、ケース記録や報告など実践現場で実施されています。しかし研究手法としての質的研究と言うと様々な流派やお作法があり、それに沿って厳密に行われる必要があります。私はその質的研究法を使って、大学院生が論文を書くことの指導を行っています。科学的厳密さを指導するなかで、現場のリアリティーを汚さないように、陳腐な理論の借言ではなく、根拠があり言い得て妙な、言霊(ことだま)としての名づけや概念生成を尊重します。理論を実践から作っていく究極の帰納法として、新たな理論形成に関与することが大きな喜びです。ある種それも実践研究におけるスーパービジョンなのかもしれません。

 スーパービジョン研究では質的研究法により、人や状況の理解の「わかり」や「気付き」をスーパーバイジーとスーパーバイザーの相互作用過程の中、事例によって分析する場合に有効です。また事例検討・分析自体が質的研究法ですが、その検討の筋道に役だった考え方や物語などを探索するに際して質的研究の手法が役立ちます。また基本的にナラティブ(当事者の語り)によるデータを引き出すところでは「省察」が重要であり、当事者やバイジーがリフレクティブに自らの行動や判断を振り返る作業を行うには面接の技法が大きく関係します。

 こうした実践に基づいた質的研究のスキルと理論は主に大学院生に対する論文指導と合体して進みます。日本福祉大学大学院では、社会人学生、リカレント教育が盛んでありその一環として、私も院生への論文指導で現場のリアリティーを質的研究法として浮かび上がらせることを行っています。そして指導した社会人大学院卒業生のグループと日本福祉大学質的研究会を立ち上げ、毎年彼らと質的研究法の研修会を夏季セミナーをはじめとして運営しています。そしてこのたび質的研究法に関するテキストを発表しました。現場実践に向き合っている人であれば、質的研究法は現場の怒り、わからなさ、楽しさ悲しさなど様々な感情や結果を元手に、それを研究に昇華させ、さらに実践に役立つ形で戻していくための循環を行う有効な手段になることができると考えます。

(4)研究者として、現場に当事者に対峙すること

 やや教育研究の話が長くなりましたが、自分の研究もこれらを生かしながら多く行っています。文部科学研究としてもともと保健医療のソーシャルワークがメインの研究領域だったので、医療機関による支援体制をテーマにし、最初は退院計画や連続的ケアマネジメントに関するメゾ領域のシステム構造や機能の解明を行いました。またそれに対応した専門職間の連携やチームワーキングプロセスについても関心があり、その構造と機能を分析しました。また最近では医療機関の制度的運用として、拠点病院システムをとることが多くなりました。それに伴い私は厚生科学研究でHIV/AIDS拠点病院間におけるソーシャルワークサービスの均てん化に関する実態と方策の全国調査と支援事例調査、またHIV/AIDSソーシャルワークに関するミニマムスタンダードの検討会議による項目検討と研修会テキストの作成等を行っています。

 医療福祉の対象者である様々な疾病による困難を抱えた方々への当事者調査を行い、その生活実態と必要な支援について検討しています。例えば厚生科学研究で若年性認知症者と家族の語りと生活困難の実態と対策に関する研究、同じく厚生科学研究の難病対策でスモン患者の高齢化に伴う福祉サービスの利用抑制要因に関する当事者研究と当事者の語りを入れた研修会の開催と効果、HIV感染症者の生活困難の実態に関するナラティブ調査と対策に関する支援者間の語り、生活困窮者支援のプロセス分析による受理と支援のシステム研究など、当事者や支援者の声をナラティブやライブで聞き、その意味を当事者の側から解析する形の研究スタイルをとることが多くなっています。

 臨床家であった私が研究者として現場や当事者に対峙することには、私なりの矜持があります。当事者を視野に入れた専門性やその教育および支援実践や支援への支援のための方策検討を、かつて実践の場に当事者とともにいた私ならでは、今できることとして、組織や地域のメゾレベルまで見越した視点を持って今後も研究を頑張りたいと思います。

田中 千枝子 社会福祉学部教授

※2014年3月15日発行 日本福祉大学同窓会会報112号より転載

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