浅井 友詞 健康科学部教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
私は現在、前庭(平衡感覚器)に着目した平衡バランスの研究を行っています。前庭リハとの出会いは、今から15年前の米国ロマリンダ大学(カリフォルニア州)でのことです。
私は、アメリカの教育システムを日本に取り入れるために教育提携を確立し、講義への参加や病院見学をしていました。ロマリンダ大学では、理学療法のカリキュラムの中で前庭リハの講義が行われており、医療施設においても前庭リハは注目の領域でした。本邦では、まだまだ認識されていませんが、昨年の理学療法士国家試験ではじめて出題されたことは記憶に新しいところであります。
前庭は左右の内耳に位置し、2つの主要な感覚器(半規管と耳石器)が存在します。それぞれ感覚器には有毛細胞があり、頭部の動きでリンパ液が流動して反応します(図1)。
前庭感覚は、頭部運動時に頭部の直線および回転の加速度を感知し、空間的な頭部の動きを感じ取り、前庭脊髄反射(VSR)と前庭動眼反射(VOR)が出現します。VSRは体幹および四肢の伸展筋の調節を行い、姿勢の安定性に関与しています。頭部が動揺した際、頚部筋や体幹筋を収縮させ頭部や体幹の固定がおこるなど最初の姿勢反射は前庭由来のものです。VORは半規管や耳石の刺激が前庭神経核を介し、眼球運動を制御します。頭部が右回旋した場合、眼球は同じ速度で逆方向に動くため、頭部が動いていても視覚を確保することができます。また、人が歩きながら携帯電話のメールを見ることができるのは、前庭動眼反射(カメラの手振れ防止機能)が起こっているからです。
図2:外乱刺激に対する姿勢制御
前庭障害の症状は、前庭・外眼筋・上位頚部の情報が不一致を起こし、姿勢や眼球の制御が困難となり、起き上がり動作、立ち上がり動作、歩行、方向転換動作など頭部運動時にめまいやふらつきが出現します。
めまいを訴える患者のうち最も頻度が高いのは、なでしこジャパンの澤選手で馴染み深い「良性発作性頭位めまい症」(BPPV)です。BPPVは内耳の障害で起こり、頭部を変換した際に回転性のめまいが起こることが特徴です。BPPVの病態は耳石が半規管内に入り込み、半規管内のリンパの流れが障害される事によりめまいが発症するものです。耳石はカルシウムで出来ており、高齢女性では崩れやすく症状が出やすくなります(図3)。
BPPV以外にはウィルス感染等による前庭神経炎やメニエール病、加齢などが原因で左右の前庭機能に不均衡が生じる事で起こる前庭機能低下症などが挙げられます。BPPVや前庭機能低下症では頭部運動時にめまい感や姿勢不安定感を訴えます。その他には外傷性頚部症候群があり、頚部の固有受容器が損傷を受けることでめまいやふらつきが出現します。
また、70歳以上では、リンパの流れを感知する半規管の有毛細胞が40%、耳石器の有毛細胞では25%程度の減少)がみられ平衡機能に影響をもたらし、転倒を招きます。
BPPVに対するリハビリテーションでは、頭部を効率的に動かし半規管内に混入した耳石を排出する事を目的とします。方法はいくつかありますが、今回は代表的なものを紹介します。
前庭機能低下症に対するリハビリテーションではAdaptation Exercise(適応)、Habituation Exercise(慣れ)、Substitution Exercise(代償)をもとに行います。
めまいに対する前庭リハビリテーションは数多く行われていますが、最近では高齢者、頚部障害患者、スポーツ領域における前庭リハビリテーションが注目されています。
加齢は様々な構造上の異常や機能低下を引き起こします。前庭に関しては半規管や前庭内の有毛細胞の数や前庭神経の神経細胞の減少、さらには前庭機能の低下が認められています。前庭機能が低下すると転倒しやすくなり、実際に転倒により骨折した高齢者は前庭機能が低下していると報告されています。したがって、高齢になると生理的な前庭機能の低下からバランス機能が悪くなり転倒しやすくなることが推察されます。
簡単な頭部・眼球運動によりバランス能力は、健常若年者において前庭機能が向上することが報告されており、また軽い運動を行っている高齢者では、前庭機能が良いと報告されています。したがって、無症候性であっても高齢者に対する頭部運動などの前庭刺激を含めたバランストレーニングはバランス機能を向上させるためには効果的な方法です。今まで行われてきたバランストレーニングと前庭リハビリテーションの併用により、高齢者のふらつきやよろめきが予防できる可能性があります。
頚部障害はムチ打ち損傷などの機械的な損傷により起こり、多種多様な臨床的愁訴を引き起こします。上位頚椎には高密度の機械的受容器が存在し、それらは前庭感覚と統合されているため、外傷による頚部障害や頚部の筋疲労により頚部の固有感覚が障害され、めまい感、姿勢不安定感、眼球運動の異常、頚部の固有感覚異常が起こります。したがって、頚部障害に対する評価では頚部の固有感覚、眼球運動、姿勢をみることが重要となります。
リハビリテーションでは、眼球と頭部の協調性を促すトレーニングや上位頚椎のモビライゼーションが効果的です。これに関する我々の研究は、2013年度健康科学論集でも報告させていただきました。
ゴルフを行う時、頭部を動かさないようにクラブを振る指導を受けます。人が動作を行う時には、先ず頭部を固定します。そして、体幹・上肢・下肢の分離した運動を行います。この姿勢反射と身体の柔軟性・分離動作を誘導した理学療法がパフォーマンスを向上させます(図5)。
前庭機能は外眼筋・上位頚部と協調し、姿勢制御に関与しています。そこで、前庭に対するリハビリテーションは、安定した動作を獲得し生活活動のみならず、スポーツのパフォーマンスの向上にも効果的です。
最後にめまい症状と睡眠との関係も近年注目されており、今年度は睡眠調査に対する研究助成をいただきました。今後さらに発展した研究に向かっていきますのでよろしくお願いいたします。
※2014年3月15日発行 日本福祉大学同窓会会報112号より転載