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地域で支える子育て

文化講演会
「地域で支える子育て」

講師:
渡辺 顕一郎 子ども発達学部教授
日時:
2014年8月30日(土)

※所属や肩書は講演当時のものです。

 日本福祉大学の子ども発達学部は2008年に開設され、学校教育専修と保育専修から成り立っています。私は保育専修に所属し、日々、保育の分野で保育士養成に携わっています。今、児童福祉分野全体の中で、子育て支援は非常に重要な位置付けを持つようになってきていますが、それはここ4~5年ぐらいで起こってきた大きな変化です。次年度から「子ども・子育て支援」の新制度が始まり、今年度は「障害児支援の在り方に関する検討会」が始まりました。また、社会的養護の分野では、虐待の発生予防に子育て支援がとても大切だと捉えられています。

子どもの孤独と自己肯定感

 現在の子どもの福祉分野における大きな課題は、児童虐待と発達障害と貧困です。それらに加えて、子どもの孤独、そして自己肯定感が低いという課題もあります。2003年にユニセフが行ったOECD加盟国への調査(15歳の子ども対象)では、孤独を感じている子どもの割合は日本がトップでした。「ユニセフレポート」は、「世界で2番目の経済大国の中で起こっている子どもたちの孤独」として警鐘を鳴らしています。また、自己肯定感が低い子どもたちの割合も日本がトップでした。2008年に日本青少年研究所が中・高校生に行った調査でも、同じような傾向が出ています。

社会関係の希薄化

 子どもの自己肯定感は、思春期だけでなく、幼いころからの発達の積み重ねの中で育まれていきます。自己肯定感が低い背景には、社会関係の希薄化があります。本来、子育てという営みは、世代を超えた子育て経験の受け渡しと、子育て現役世代の支え合いを中心に成り立ってきました。しかし、現代では、地域の大人や子どもたち同士の交流が減り、子育て家庭が孤立する傾向が高まっています。保守的な性別役割分業がまだ根強く残っている日本では、お母さんが子育てを一人で背負っていくことになり、育児不安や産後うつの問題にもつながっていきます。

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 動物学の本に、人間の動物学的な大きな特徴として、大人になるまでに大変時間と労力がかかると書かれています。大学生になってもまだ独り立ちできていない。こんなに手間暇がかかる動物は他にいません。だから、人間はアロマザリングといって、母親以外の者が子どもを養育する営みを発達させてきました。祖父母、親族、あるいは地域の中でみんなで子育てをします。動物学的に言えばこれは自然の子育てであり、現在のように家庭の中、しかも母親だけに子育ての負担が集中するのは、とても異常な状態だと言えます。

 私が知っているとある子育て支援センターは夜7時まで開いています。夕食の段取りを済ませた母親が、5時過ぎに子どもを連れて次々とやってきます。そして、子どもをたっぷり遊ばせて、疲れさせてから家に連れて帰り、さっと晩ご飯を作って食べさせ、温かいお風呂に入れてから布団の中に放り込む。すると、あしたの朝までぐっすり寝てくれるのです。なぜそうするのかと聞くと、子どもが夜泣きをしたり、足音を立てると、マンションの隣や下の階から苦情が出るからだそうです。このように社会が子育てに対して寛容でなくなってきていることも、一つの大きな特徴です。

先回り育児

 母親ばかりに負担がかかり、ぴりぴりしながら子育てをしていくと、「先回り育児」をすることになってきます。「先回り育児」というのは、母親が幼い子どもの遊びを誘導したり、子ども同士の関係に介入しすぎる傾向のことをいい、心理学者の柏木恵子さんが提唱した言葉です。幼児期は自発性がどんどん伸びていく時期です。子どもは決められた遊び方に飽きてくれば、次に、自分でどうやったらもっと楽しめるだろうかと工夫し始めます。それを周りの大人が、「これは駄目でしょ」と介入すると、せっかく芽生えてきた芽を取っていくことになるかもしれません。また、子ども同士のけんかについても、子どもはけんかをすることによって自己主張する力と交渉力を身に付けていくことができます。交渉力とは、相手と折り合いをつけていく力です。ところが、そのけんかそのものが駄目と止められたら、そういうことを学ぶチャンスを奪うことになります。周りがもう少し辛抱強く見守っていてもいいのではないかということです。私も学生たちに、けんかは100%悪いものだと見るのではなく、けんかそのものに意味があるかもしれないと捉えることが大事だと、いつも言っています。

 そういう先回り育児が加速していく背景には、お母さんが「私が子どもを守らなければいけない」と過剰に子どもを保護することがあります。もっとゆったり子どもの発達を見守ってほしいと思うのならば、そうしてくださいと言う前に、お母さんの背中ばかりに乗っている育児の負担をもっとみんなで分担し、減らしてあげることが大事です。

社会における母性・父性の希薄化

 子どもにとって安全で安心な居場所を提供する働きを「母性」といいます。動物学的に言うと授乳をして子どもを育てていくことができるのはお母さんだけなので、この役割は母親の方が担いやすいことから「母性」と呼ばれています。子どもを船だとしたら、母性は港のような存在です。ところが、母性だけでは困るわけです。港の中はとても居心地がいいので、船はそこから出ていこうとしなくなります。船を大海原に出航させるためには、もう一つ、港から切り離していく役割が必要です。港の水先案内人のような役割です。それを私たちは「父性」と呼びます。この母性と父性の両方がちゃんと働くことが大事なのです。今の日本社会では過剰に母性が働いて、なかなか子どもを外に出そうとしません。これが思春期を過ぎても続いていけば、引きこもりのような問題に発展することもあります。

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 さらに、船が大海原に出ていき、急に雨風が強くなってきて転覆しそうになったときに、通りがかった船が「おい、大丈夫か」と助けてくれる、そういう働きがあるともっといいです。これが地域のさまざまな人たちとの関わりということになります。私が生まれ育った昭和40年代は、かろうじて地域のつながりがまだありました。学校から家に帰るまで、商店街を通っていくと、魚屋のおじちゃんなどが声を掛けてくれました。あるいは、畑の中で走り回っていると、近所の農家のおじさんが「こら」と叱ってくれたりしました。ところが今、子どもと地域の関係がどんどん希薄になり、いろいろな人との接点を持たないまま子どもたちが大きくなっていきます。地域や社会に対する信頼感を十分に得ることができずに大きくなっていくことが、先ほどの孤独感や自己肯定感が十分に育まれないことの大きな要因として働いているのではないかと考えられます。幼いころからいろいろな人たちに受け入れられ、かわいがられ、時には叱られることも含めて自分を気にしてくれるいろいろな大人がいるということが、子どもの人格形成にはとても大事です。

子育て支援とは

 子育て支援とは、「親の養育能力を高める」「家庭における子育てを強化する」という意味よりも、むしろ「地域や社会全体で子育てを支える」ということだと捉え、できればそういう働きを地域の身近な施設が担うことが大事です。保育所は全国で2万3000、幼稚園は1万3000か所あります。これだけたくさん就学前施設があるわけですから、単に園の子どもたちだけを見るのではなく、地域の子育て支援の拠点として子育て支援を推進することが求められています。地域の親御さんたちからすれば、保育所・幼稚園は一番身近に感じられる施設です。児童福祉をめぐる次年度の「子ども・子育て支援新制度」の中でも、この働きが強化されます。

 児童福祉における子育て支援の役割として大事になってきているのが予防です。2000年に児童虐待の防止等に関する法律が施行され、その後、法も改正されて、今は「虐待を発見したら」ではなく、「虐待だと疑われる場合にはあらゆる専門職は通告をしなさい」と義務付けられています。それもあり、年々児童相談所が受ける件数は増えています。とにかく早く発見して、専門機関に結び付ける。そこできちんと支援を行うことによって、再発防止に結び付けていく。これは要保護児童対策、あるいは最近では要支援家庭対策と呼ばれています。これまでは発見に重点が置かれてきましたが、どんなに早く発見したとしても、そのときにはもう虐待は起こっているわけです。できれば虐待そのものを起こさせないために、地域における子育て支援はとても大切になります。普段から親御さんが子どもを連れて子育て支援の場などへ行けば、そこで小さな心配事のレベルでもきちんと対応する。すると、悩みや不安が蓄積せず、問題が重症化することを防ぐことになるわけです。児童福祉においては、そういう予防がとても大事になってきています。

 予防は今、児童虐待だけではなく、発達障害の部分でも非常に大事になってきています。発達障害をめぐって親御さんが自分だけで子育ての悩みを抱え込んでしまい、それが虐待や育児放棄などに結び付く可能性があるので、それを予防するのです。発達障害の出現率に関する報告は年々高くなっていて、人口の1割ぐらいともいわれています。そういう子どもたちを支援していくときは、「障害児の支援」という立場でなく、「子育て支援」の中で小さな気付きの段階からフォローしていくことが大事です。

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地域子育て支援拠点を中心に

 子育て支援に携わる支援者は、親についても子どもについても、まずはありのままに受容するところからスタートします。特に乳幼児期の発達は、大人を信頼する、安心・安定して過ごせる、自発性が芽生える。これが三大要素です。これを伸ばしていくためには、一人一人の子どもを受容し、受け止めていくことが大切です。例えば、支援者が一人一人の子どもを「かわいいね」「いい子だね」と大切に受け止めてくれると、子どもはその大人になついて好きになっていきます。それはその大人との間に信頼関係ができてきていることを意味するわけです。大人も同じです。

 そういった大好きな大人と一緒に過ごすことができる保育園や幼稚園、子育て支援センターだからこそ、子どもの情緒は安定し、安心して過ごすことができるのです。そうすると、子どもはだんだん余裕が出てきて、周りがよく見えるようになってきます。だから、今度は自分から周りに関わってみようという自発性が芽生えてきます。それをまた支援者が、「この子らしいな」と受け止めると、もっと好きになります。そうすると、子どもにとってもっと安心して過ごせる場所になり、情緒もさらに落ち着いてきます。就学前の施設では子どもと支援者との間でいつもこのような関係が循環していることが、乳幼児期の発達の土台をつくっていくためにとても大事なのです。また、親に対しても、子どもを受容していけるように関わりを持っていくことが必要です。

 地域子育て支援拠点は「子育て支援センター」や「子育てひろば」と呼ばれ、児童福祉法では「乳幼児とその保護者が交流できる場所を開設し、子育てについての相談や情報提供などを行う事業」と位置付けられています。現在、全国的に数が増えていますが、その中でどのように支援をしていくかが大事です。

 支援者の役割の1番目は、拠点に来る親御さんたちは期待と同時に不安を抱えてやってくるので、温かく迎え入れ、評価することです。2番目は、身近な相談相手であることです。3番目は、利用者同士をつなぐことです。親同士の支え合いを「ピア・サポート」と呼んでいますが、仲間を得ることによって、みんな問題を抱えながらも一生懸命頑張っていると気付く、それだけでも人は支えられるのです。4番目は、地域のいろいろなボランティアを使って利用者と地域のつながりをつくっていくことです。最後は、アウトリーチ、支援者自らが地域のさまざまな機関に出向いて、自分から利用者になりそうな人とつながっていくことです。

渡辺 顕一郎 子ども発達学部教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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