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障害者の『働く』を保障する~障害者権利条約の発効を受けて~

文化講演会
「障害者の『働く』を保障する~障害者権利条約の発効を受けて~」

講師:
伊藤 修毅 子ども発達学部准教授
日時:
2014年11月2日(日)

※所属や肩書は講演当時のものです。

私の問題意識

 子ども発達学部は、日本福祉大学の中では、教育学や心理学などが中心の学部で、2013年、心理臨床学科の中に障害児心理専修が開設されました。特別支援学校教諭の養成課程もこの学科に置いていて、私も主に特別支援学校の教職課程関係の科目を担当しています。私は大学を卒業後、特別支援学校の教員を9年ほど勤め、その後、大学院に行き今の仕事に至ったという経過があります。博士課程では障害者の卒業後の就労について研究しましたので、今日はその内容をベースにお話しします。

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 私の問題意識は、障害者と健常者の二分法にあります。この二つは、ここまでが健常、ここからが障害という明確な線がある性質のものではありません。しかし、世の中の制度は、障害と健常を二分的に分けるような設計となっています。今日のテーマとする労働分野についても、一般就労と福祉的就労の二つに大きく制度が分かれています。これは、通常学校や一般就労という健常者用のシステムに適応する能力のある障害者は健常者用のシステムに参加することが許されるが、そうでない人は障害者のためだけに作られた特別な仕組みの方にエクスクルード(排除)しているのではないかと私は考えます。

 働くということでは、一般就労と福祉的就労という二つのシステムがあるわけですが、それぞれがかなり大きな課題を抱えています。加えて、これらが二分的であり、全く別制度であることを第3の課題と考えた上で、この両者の中間を探ってみたいと思います。

一般就労の課題

 一般就労については、「障害者雇用促進法」という法律があります。日本には割当雇用制度があり、障害者の法定雇用率(2.0%)が定められていて、その雇用率分は障害のある人を雇わなくてはならないというシステムになっています。これを「義務雇用制度」と言います。しかし、これをできない企業は、不足人数×5万円というお金を支払うことで一応社会連帯は果たしたという捉え方をします。ちなみに、月5万円ですので、最低賃金で1人の人を雇うことを考えたら、こちらの方が安上がりです。

 現在、法定雇用率を達成している企業の割合は、大体50%を少し切るぐらいのところで推移しています。企業は月5万円を国に罰金として支払うわけではなく、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構に払います。逆に、一生懸命雇用率以上の障害者を雇ったり、障害のある方を雇うために設備を改造したりする費用は、助成金としてこの機構からもらいます。5万円はその財源となっています。だから、みんなが真面目に障害者雇用率を達成すると、このシステムは崩壊するのです。半分以上の企業がこの雇用率を守っていないということを前提に成立させている制度なのです。

 また、会社ごとに実際に雇用した割合を実雇用率と表現しますが、この実雇用率は実際の雇用率ではありません。ダブルカウント制度があり、障害の重たい方を1人雇えば2人雇ったことになるという仕組みになっています。30時間以上で雇った場合、知的障害、身体障害の重度の方だと2人分のカウントになるのです。さらに、20時間以上30時間未満で雇うと、その人は0.5人でカウントされます。要するにかなり統計上の操作がされている数字なので、実雇用率と言うよりは名目上の雇用率のような値なのですが、それを実雇用率と言って世の中には流しているということも押さえなくてはいけません。

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 障害がある方々を雇った場合は、これは雇用ですので当然労働者としての基本的な権利は、最低賃金も含めて守られなくてはいけないわけです。しかし、日本には最低賃金減額特例制度があります。つまり、申請をしたら、障害がある場合は最低賃金から給料を落とすことができるのです。

 加えて、今まで精神障害の方は雇用義務の中には入っていなかったのですが、雇用促進法の改定によって、精神障害の方も雇用義務制度の枠組みに入ることが決まっています。精神障害の方が入ると法定雇用率を4%近くまで上げないといけないのですが、これだけの値に上がることはまずないと思います。そうなったら企業にとってカウントしやすい障害者が取り合いになっていくと予想されます。

福祉的就労の課題

 福祉的就労(作業所などでの労働)のベースには「障害者自立支援法」があるのですが、今は「障害者総合支援法」と名称が変わっています。この最大の問題点は、労働者性が認められていないことです。つまり、福祉的就労は、国の立場としては、あくまでも障害者福祉のサービスを受けているのであって、働いているわけではないということです。

 その中で発生するのが工賃の問題です。労働者性がないということは、最低賃金の話にもならないのです。従って、作業所での平均工賃は月1万円~2万円、中には3000円というところもありますし、自立支援法が始まってからはゼロというところもたくさん耳にするようになっています。加えて自立支援法でサービスを利用するという感覚になったので、利用料負担が発生することになりました。

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 これは言うまでもなく違憲訴訟が起こされました。自立支援法ができたのが小泉政権のときでした。その後の自公政権の間は、この訴訟について当然国側も争う姿勢でした。しかし、政権交代後、民主党政権は、この訴訟を和解という形で終わらせ、そのときに「障害者自立支援法は完全に廃案にして、新しい総合福祉法制を作ります」と約束したのです。しかし、民主党政権が崩壊すると元に戻りました。結果的に「障害者自立支援法」という法律の名前を「障害者総合支援法」に変えることになりましたが、基本的な構成はそれまでと変わっていません。

中間制度の存在の可能性

 私の主張は、基本的には一般的な就労と福祉的就労の間のグラデーションに対応した制度であるべきだということです。その中で5段階や6段階の制度設計があってもいいと思っています。

 中間的存在に当たるものとして、1960年~1970年代にILO(国際労働機関)が提起をしたシェルタード・エンプロイメント(保護雇用)という考え方があり、次の四つに整理されます。一つは、通常の競争、いわゆる市場原理の中で通常の仕事をするのは難しい障害者を対象とした雇用の場であること。二つ目は、そこにきちんと一般の労働法規が適用されるということ。三つ目は、そこにとどまるのではなく、より開かれた、より競争的な労働市場の方に移行していくこと。四つ目が、そこに適切な政府援助があるということです。

 特例子会社とは、障害者を雇うためにつくる子会社です。子会社で障害者を雇うと、親会社と子会社それぞれで雇用率を計算するのですが、特例子会社として認定を受けた場合は、親会社も含めた雇用率の計算ができます。厚生労働省はこれを今推しています。これは中間的ではあります。会社なので基本的には一般の労働法規が適用されます。障害者が働きやすいように工夫された場なので、まさに保護雇用と言えるわけですが、最大の課題はより開かれた労働市場への移行が全く目指されていないことです。

 もう一つ、就労継続支援事業A型があります。これは福祉的就労の場の一種で、就労継続支援事業(昔の作業所や授産施設)にA型とB型があり、A型は福祉であるが雇用契約も結びなさいという仕組みになっています。A型で働く人は、福祉の利用者でもあり、労働者でもある二つの立場を持つことになります。そして、雇用契約を結ぶので、基本的には労働法が適用されます。当然、最低賃金も保障されるという触れ込みがあったのですが、ここに先ほどの減額特例制度が付いてくるわけです。私の調査によると、全国のA型事業所の平均賃金は最低賃金を下回っていました。1万円、2万円よりは少し高いところにありますが、それでも最低賃金のラインには全然到達していません。

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 中間制度がないことでいろいろな弊害があります。私は学校への影響を一番気にしています。実際、一部の自治体で、特別支援学校の高等部の一部を職業訓練校化しているところがあります。そこでは「一般就労率100%を目指す」というのが教育目標として掲げられています。一般的な特別支援学校だと10%や20%ですが、そういう中で100%という数字を出すために、そもそも就職できそうな子しか入学させないのが一つと、もう一つ、就職できなさそうな子どもを途中で辞めさせているということがあります。

 働くことは多様であっていいわけです。福祉的な就労から徐々に競争的な雇用に移行していくということがあってもいいわけですし、福祉的就労と一般就労を並行してもいいのです。今、一般就労ではなかなか正規では雇ってくれないのでアルバイトになります。ですから、週2日はアルバイトをして、週3日は福祉的就労とするということもできるのではないかと思います。一般就労者は一般就労、福祉的就労者は福祉的就労のような二分法から抜けられないと、そういう発想も出てこないのかなと思っています。

障害者権利条約の発効を受けて

 国連が2006年に採択した「障害者権利条約」を、日本は2014年の1月にようやく批准しました。いくつか重要なキーワードがあります。固有の尊厳の尊重、差別されないこと、機会均等、インクルージョン(包容)です。とりわけよく言われるのは、合理的配慮です。「合理的配慮をしないことを差別と捉える」というのがこの条約の新しい概念かと思います。

 この条約が特に素晴らしいのは、第1に、作られるプロセスが素晴らしかったことです。"Nothing About Us, Without Us"、「障害がある人のことを決めるのに、障害者を抜きに話をしてはいけません」と当事者参加を徹底させたのです。第2に、「他の者との平等を基礎に」というフレーズが何十回と出ています。それは、障害者に特権を与えようというわけではなく、障害があるが故にその権利が保障されない部分があるのならば、その分は国として補っていかなくてはいけないと言っているのです。

 条約を批准するための条件は、国内法を整えるということです。ですから、この条約の批准に向けて、①障害者基本法の改定、②障害者自立支援法から障害者総合支援法への変更、③障害者差別解消法の成立が図られています。これらは、自立支援法違憲訴訟の和解の流れの中で民主党政権によって設立された障がい者制度改革推進会議が議論を担いました。③については、「障害者差別禁止法」を作らなければいけないと言われていたのですが、結果的にできたのは差別解消法という明らかにトーンダウンした名前の法律でした。ただし、これでも一歩進んだと理解をしなくてはいけないと思っています。

 「障害者権利条約」は条約ですので、批准されると憲法に準ずる法的な力を持つことになります(憲法98条第2項)。今後具体的なことを定めた各種法令が、「障害者権利条約」が要請する部分にきちんと応えていないということであれば、それをきちんと改めなくてはいけないということになっていくわけです。

 「障害者権利条約」の中で、今日のテーマの労働・雇用に関わる条文が27条ですが、そこには「他の者との平等を基礎に」というフレーズがたくさん出てきます。また、「あらゆる形態の雇用に関わる」という表現の後に、「障害に基づく差別をしてはならない」となっています。募集・採用・雇用の継続・昇進についていろいろ書かれています。特例子会社なども随分頑張っているのですが、やはり昇進や昇給には随分差別的な部分があります。これをしっかり「障害者権利条約」の要請に応えられるレベルまで引き上げなければいけません。

 日本のもう一つの課題として、そもそも障害のない人も労働者の権利がどれだけ守られているのかということがあります。現実に日本では雇用全般が国連レベルで求めているような水準にはなっていないので、障害がある方はより大変な思いをしているという現状があります。「障害者権利条約」の推進は、運動体だけではなく、市民が一丸としてやっていかなくてはいけないことではないかと思います。

伊藤 修毅 子ども発達学部准教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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