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実体験を充実させ意味づけるための ICT活用を目指して

研究紹介
「実体験を充実させ意味づけるための ICT活用を目指して」

佐藤 慎一 国際福祉開発学部教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

 工学部の修士課程を修了後、私は民間企業で、主に、システムの開発や導入・活用支援などの業務に携わってきました。入社した1994年の翌年にはネットワーク接続機能を標準装備したWindows95が発売され、インターネットの活用がまさに普及しはじめた時期でもありました。同時期に、文部省(現在の文部科学省)と通商産業省(現在の経済産業省)との共同により、通称「100校プロジェクト」という、学校現場でのインターネット活用プロジェクトが実施されました。学校現場から提案された様々なアイデアが実践され、私は、そこで必要となるソフトウェアの設定をしたり、時には、独自のソフトウェアを開発したりするなど、技術的な立場からプロジェクトの支援を行ってきました。ここで行った各種の取り組みや、学校関係者・企業の方々とのつながりが現在の研究につながっています。

コミュニケーションのためのテクノロジー

 100校プロジェクトでは様々なタイプの企画・授業を支援してきましたが、その中には、学校間での交流や協働作業を行うなど、教室の枠を超えた活動も多くありました。コンピュータやインターネットなどの技術を総称する用語として、当時はIT(Information Technology)が一般的でしたが、教育分野では以前からICT(Information and Communication Technology)の略称の方が使われる傾向にありました。100校プロジェクトにおいても、Cに相当するコミュニケーションの要素を取り入れた実践が多く見られました。テクノロジというと、合理化やコストカットなど冷淡なイメージがあり、よく対面かICTかという二者択一で語られることが多いように思います。実際、地域と連携した取り組み、学校間での交流を取り入れた学習の際にも、ICTを活用するよりも対面で活動した方がよいという反対意見も多く聞かれました。しかし、各種の実践報告を聞いたり支援したりする中で、ICTを適切に活用することで、対面での限られた貴重な時間がより充実したものとなることを目の当たりにし、感銘をうけたことを覚えています。日常生活の面でも、例えば、孫が遠方の祖父母に久しぶりに会う際、通常であれば会話がなかなか続かない傾向にあるところ、ネットワークを通じて日頃から情報共有が行われていると対面時の会話もより弾むという調査・実践報告が見られます。このような、実体験を置き換えるものではなく、実体験をよりよくするためのICTの活用方法に関心を持つようになりました。

体験型の学習におけるICT活用

 企業勤務時、上記のように教育分野にも携わってきたこともあり、11年間の勤務後、ご縁あって2005年より日本福祉大学で勤務させていただくこととなりました。企業ではもっぱら実務に取り組んでいたため、研究に本格的に取り組むのはこの時からとなります。テクノロジの教育活用は多くの研究分野で取り組まれていますが、中でも「教育工学」という分野では、学校現場と密接に連携した研究も多く、当該分野で現場に資する研究を目指して取り組みたいと考えました。アメリカの教育系学会(AECT)では、教育工学を「学習の過程と資源についての設計、開発、運用、管理、ならびに評価に関する理論と実践である」としており、技術的なものばかりでなく、授業のやり方や方法論なども幅広く含む多種多様な研究が行われています。私自身は、これまでの業務を通じてICTが適切に活用された場合の効果を目の当たりにし、多くの潜在的な可能性がまだ残されていると感じていることから、ICTの効果的な活用に向けた研究に主に取り組んでいます。特に、実体験をより充実したものとするためのICT活用に関心を持ち実践・研究を進めています。

 近年では、学生の主体的な学習姿勢の育成や意欲を喚起するものとして、体験型の学習に大きな期待が寄せられています。中央教育審議会による2008年の報告「学士課程の構築に向けて」においても、学習の動機付けや主体的・能動的な学びを引き出すため、フィールドワーク、海外体験学習等を具体例として挙げ、「体験活動を含む多様な教育方法を積極的に取り入れる」ことの必要性が提言されています。しかし、こうした学習に対して、実体験に精一杯となるのみで学習成果を得るために不可欠な「振り返り」が十分に行われず、体験のしっぱなしであるという批判が一方ではあります。振り返りを促進するためには、これまでにも様々な方法が提案されていますが、蓄積するだけでなく、瞬時に共有することを可能とするICTは相性がよいものと思われます。特に、自らの思いを表出させ、他者からのコメントを通じて新たな視点をえることもできるソーシャルメディアは、振り返りのための有効な場・手段の1つになると考えています。

ソーシャルメディアの広がりと学習

 現在は主に、自らも体験的な学習を企画しながら実践的に研究を進めています。学生セッションのある国際会議での本学学生と海外学生との協働発表、学生グループによるフィールドワークなどを実践し、その中でのソーシャルメディアの活用状況、そこから期待できる効果などを検討しています。

 こうしたグループで協働作業を行う場合、場所や時間の制約からネットワークを通じた情報共有・協働作業が行われることになりますが、そのための方法は技術の進歩・普及状況とともに変わってきています。以前であればそのためのICT環境は教員自らが(あるいは必要に応じて第三者の手を借りるなどして)設置し、活用方法を含めて指導を行う必要がありました。しかし、ソーシャルメディアと包括されるFacebook・LINEなどのサービスをほとんどすべての学生が利用する昨今、教員が指示するまでもなく、これらのサービスを活用して学生独自にグループメンバーとともに作業を行うことも増えています。利用するサービス・環境が異なれば、そこで行われる活動の特徴も変わってきます。例えば、教員が設置した環境では、教員の指導下で着実な活動が行われるものの、促されても学生同士で活発なやりとりをするまでには中々至らないという状況がよく見られます。一方で、ソーシャルメディアで学生独自に活動する場合には、目的が曖昧になりがちな点などに注意する必要はあるものの、活動目的外の日常的なやり取りも活発に行われ、それがメンバー間の相互理解につながり協働作業自体が活性化する、ということも多いようです。学生主体の教育・学習の実現のためには、ソーシャルメディアの活用が不可欠であると主張する研究者もおり、今後、知見を積み重ねていく必要があると思われます。

 ネットワークの普及により、従来には無かった形でのコミュニケーションが行われるようになってきていますが、これらは、教育や心理に関する知見に基づき、教育・学習上の文脈に位置づけて考えることができます。協働作業を企画したり分析したりする際には、例えば、社会的構成主義の学習観から捉えてみたり、実践共同体(Community of Practice)、探求共同体(Community of Inquiry)といったフレームワークに沿って考えることができます。また、公式なカリキュラム下で行われるフォーマルラーニングとそれ以外のインフォーマルラーニング(非公式な学習)とに分け、インフォーマルな形で潜在的に行われている学習を効果的につなげていくかという観点もあります。新たなICT環境で若者たちを中心に行われていることの本質に目を向けつつ、日進月歩のICT環境に振り回されずに効果的に学習に取り入れていくためには、こうした学習理論などを踏まえて活動を相対化していくことが重要であると考えています。

現場の知見の活用と現場への貢献

 時代に合わせた新たな学力観が公的な機関などから提案されていますが、そのどれにもコミュニケーション、協働作業といった要素が含まれています。これらは、近年注目されている国際団体ATC21sによる21世紀型スキルにおいても重要な要素として位置づけられています。また、OECDによる生徒による学習到達度の国際的な調査 (PISA)では、21世紀スキルを踏まえて「協働型問題解決能力」が測定対象となっています。こうした流れもあり、大学における学習も、教員が一方的に話すだけではなく、学生同士が協働して主体的に学ぶ形に転換していくことが必要であると言われています。しかし、こうした学習を実現するための手法に関する知見はまだ十分とは言えず、学習の転換を実質的なものとしていくためには、実践を積み重ねるとともに、そこに研究的な視点も必要になってくると考えています。グループワークを行う場合、声の大きな人の主張が通りがちであるところ、どのように多様性を確保するのか、また、近年では、外向的な(傾向にある)人が礼賛されがちな状況に一石を投じ、内向的な(傾向にある)人の役割の重要性にも着目されていますが、こうした協働を実際にどのように実現することができるのかなど、検討すべき事項は多くあります。

 本学では、各種の実習、サービスラーニングなど、体験型の学習は多く行われており、その中での指導やグループ活動の進め方などの知見が積み重ねられていると思います。こうした知見を私自身勉強し共有させてもらいながら、ICT・ソーシャルメディアといった要素の効果的な活用について追求していきたいと考えています。現場の知見を踏まえて効果的な協働作業・学習のデザインを追求するとともに、その研究成果を現場に適用し、教育の改善にも貢献していきたいと考えています。

佐藤 慎一 国際福祉開発学部教授

※2015年3月21日発行 日本福祉大学同窓会会報114号より転載

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