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超高齢社会 ~生活・医療はどうなるか~

学園創立60周年記念文化講演会
「超高齢社会―生活・医療はどうなるか―」

講師:
大島 伸一 氏(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター名誉総長)
日時:
2015年6月7日(日)

※所属や肩書は講演当時のものです。

明るい未来を想像する施策が必要

 日本はこれから超高齢社会を迎えます。20、30年後の社会はどうなるのか、社会保障だけではなくインフラや生活の変化など、子どもや孫の世代のことを考えると今のままではあまり明るい未来を想像するのは困難です。どうすればより明るい未来へと転換できるのかについては、実際に次世代の人々がどう考え、どう動いて日本を変えるかが鍵になってくると思います。

 人が生まれてから死ぬまでの悩みの根源は「生老病死」と仏教の世界ではいわれています。これらのうち、生、病、死については医療や科学技術の力でコントロールできるようになりました。例えばガンをはじめとする多くの病気に対してさまざまな治療法が開発され、それによって延命もできるようになったのです。私が医師になった頃は、限られた数の薬を症状に合わせて適正に使っていけばよかった時代でしたが、今は1万を超える薬があり、それをどう適正に使い分けていくか、というのが現代の医療です。このようにめまぐるしく進化する科学技術によって、多くの病気はコントロールできるのです。

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 こうした状況に対して、「老」だけは今も昔も医療や科学技術ではコントロールできません。ですが昨今の遺伝子操作研究などを見ていると、あるいはそれも変わるのではないかと思えるようになりました。「不老不死」が実際に実現されれば、こんなに嬉しいことはないと多くの人々は思うでしょう。しかし人類全体に視野を広げてみると、もし不老不死が本当に実現したら間違いなく人類は滅亡の道をたどってしまう。技術の進歩でそうした時代へと少しずつ向かっていることも理解しておくべきことです。

 またもうひとつ理解しておかなくてはならないことがあります。それは、人は生まれてから自立するまでと死ぬ時は必ず人の助けが必要になるということです。我々の生活形態は核家族から老々所帯、最後は独居という流れが普通になってきています。こうした状況で、死ぬ時には必ず人の助けが必要になるということはどういうことかを考えてもらいたいと思います。

高齢者に対応する医療制度づくりが重要

 高齢者が人口の中心を占める時代になってきた昨今、あらためて医療とは何だろうと問われるようになりました。20世紀は科学技術至上主義の時代であり、これまでは老若男女・貧富の差なく技術を駆使して、徹底的に病気を治すという医療が行われてきました。その結果、日本は世界一病床数が多い病院天国となり、安心して医療を受けられるすばらしい国となったのです。ところが実際に医療費を負担するのは国民です。医療費は毎年1兆円ずつ増えていますが、それを負担する若い世代はどんどん少なくなっています。こうした医療経済の問題を考えると、これまでのように「死ぬまで病院で」というのではなく、国としても「病院ではできる限り病院でしかできない医療に特化していこう」という政策に転換しつつあります。

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総務省 国勢調査(2010年まで実績値)国立社会保障・人口問題研究所
日本の将来推計人口(2015年以降推計値)により作成

 また今の病院では65歳以上が多く、認知症を抱える患者も多い。こうした高齢者に対応するような医療体制を作ることが大切であり、そのためには医療界も大きな方向転換をしていかなくてはならないでしょう。病気の内容が変わればそれに必要な資源やお金、マンパワーも違ってきます。まずは医師会という専門職能団体がきちんと方向性を打ち出して変わっていかなければ、社会の変化についていくことは難しいと思われます。

 日本はこの数十年の間に平均寿命が一気に上がり、世界一になりました。高齢化もわずか24年のうちに倍のスピードで進み、世界一の高齢国となっています。人口構造も75歳以上だけが増え、さらにこの60年で4000万人の人口が増えるという急激な変化を見せており、2060年には8000万人台になると予想されています。これまで電気や水道など1億2800万人の人口に対応できるように造り上げてきたインフラも老朽化し、それをどこまで支えられるかという問題にも直面します。こんな社会が来るとは誰も想像しなかったことですが、これが現実です。世界に前例がなく、答えもない。こうした超高齢社会に対応する国のグランドデザインもない、という局面に来ているのです。

鍵は「まちづくり」「地域づくり」

 以前、小泉元首相が所信表明演説で「長生きを喜べる社会の構築」と述べましたが、それがどのような社会なのか、前例がないために今は手探り状態です。しかし先だって行われた社会保障制度改革国民会議では、「病院で治す」から「地域全体で治し、支える」医療や、「総合医(かかりつけ医)」中心の医療への転換などが基本方針として打ち出されました。生活を基本にした連携の医療が大切であり、いかに満足度の高い死を迎えられるかということも重要という考え方です。

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このことから私は、長生きを喜べる社会とは元気な高齢者から元気を奪わない、支援が必要なときに気兼ねなく受けられる、全世代が共存・共栄できるという社会のことだと考えます。社会の中に高齢者の能力を活かす機会があり、虚弱者を受け入れる支援体制があり、終末期を受け入れる場所があるということ。また高齢者の自立を支えるための自助、公助、共助、互助が整えられていることも長生きを喜べる社会の条件となってくるでしょう。この場合の互助は地域の中で、地域にあったシステムを構築することが重要です。

 高齢者は多様な経験、能力をはじめ人脈もあります。また社会的責任から解放され、自由な時間や発想を多く持つ、社会にとっての最大の資源であり、財産です。このことを共通概念とし、新しい産業や文化、社会を造り上げていく。超高齢社会を危機ではなく変化ととらえ、まちづくりや地域づくりを行っていくことが今、日本に与えられた課題だと考えています。

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国立研究開発法人
国立長寿医療研究センター名誉総長授

大島 伸一

1970年名古屋大学医学部卒業。社会保険中京病院泌尿器科、同病院副院長、1997年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年同附属病院病院長を経て、2004年国立長寿医療センター総長。2010年、独立行政法人国立長寿医療研究センター理事長・総長。2014年より現職。社会保障制度改革国民会議委員(2012-13年)、医道審議会会長なども務める。第61回中日文化賞、第46回東海テレビ文化賞受賞。近著に「超高齢社会の医療のかたち、国のかたち」。

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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