中国おける65歳以上が占める割合は、21世紀に入り1割を超えた。2010年以降では年率0.3%以上で推移し、14年は13.7%に達している。もちろん、日本の割合(26.8%、15年5月)と比べれば、その値はおおよそ半分程度であり、まだまだ高齢化社会が深刻化しているとはいえない。しかし、すでに世界の平均値(8.2%、同)を上回り、今後も65歳以上の割合は増加することが予測されるなかで、近年、高齢化社会の到来に向け、「誰が、高齢者をケアするのか」という議論が盛んになっている。
最近、中国の高齢者福祉に関して、しばしば"9073"という数字を目にする。この数字は、90%は「家族」、7%は「地域コミュニティー」、そして3%は「施設」で高齢者をケアしようという意味をもつ。実際、上海、長春、新疆などの政府は、高齢者福祉の政策目標として掲げている。ただし、この目標が達成できるかどうかは別として、この数字には、現在の高齢者福祉の実態が色濃く反映されている。日本ではすでに当たり前の風景にもなっている老人ホーム、ヘルパーサービス、デイサービス、訪問介護、グループホームなどの多種多様な福祉サービスが、中国では、未発達であるという事実を反映した数字といえる。言い換えれば、家族に依存しなければ高齢者のケアはままならないのが、中国の現実にほかならないのだ。
このような実態を、日本からみれば、そこに大きなビジネスチャンスを見出すことは容易である。すでに北京、上海などの大都市を中心に日系の福祉産業は進出している。また、最近、中国に行くたびに、「ぜひ、福祉に詳しい人を紹介して欲しい」と頼まれることが多い。今後、海外からの福祉系企業の進出はさらに加速し、「家族」の負担は軽減されることになるだろう。そして、近い将来"9073"という目標値は忘れ去られてしまう可能性は高い。しかし、あくまで個人的な見解であるが、こうした福祉産業の発達に対して、私は一つの危惧を抱いている。それは、街中の公園や路上で、老人たちが、将棋、麻雀、トランプに興じ、歌を歌い、踊り、鳥のさえずり、虫の鳴き声を競わせなど、彼らの楽しいそうな日常が、消えてしまうのではないかというものだ。今後、中国において多種多様な福祉産業が発達することは必然といえよう。ただ、そのなかで、老人たちをむやみに福祉産業に引きずりこまないで欲しい。公園や路上から老人たちを引き剥がし、彼らの繋がりを奪わないで欲しい。少々深読みしすぎかもしれないが、もしかしたら、"9073"の発案者も、街中で戯れる老人たちを思い浮かべながら「家族」と「地域コミュニティー」に大きな期待を寄せ、彼らの笑い声がいつまでも街中に響き渡る豊かな社会の継続を願っているのかもしれない。
※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2015年12月21日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。