※所属や肩書は講演当時のものです。
パラリンピックは障害者スポーツの最高峰の大会です。第1回はローマ大会で、第2回が1964年の東京大会でした。当時は障害のある人がスポーツをすること自体が考えられない時代で、東京オリンピックのために作られたスポーツ振興法でも、障害のある人のスポーツについては一言も触れられていません。
それが、50年たって2011年に制定されたスポーツ基本法には、障害のある人のスポーツが障害の程度や内容に合わせて振興されなければいけないという一言が入り、障害のある人のスポーツもかなり注目されるようになり、予算も付くようになりました。2012年にスポーツ基本計画が出され、2013年に東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定し、2014年に障害者スポーツのリハビリテーション以外の部分、例えばスポーツ振興や指導者の養成、普及、強化の所管が、厚生労働省から文部科学省に変わりました。2015年には文科省の中にスポーツ庁ができ、その中で障害者のスポーツも一体的に扱っていくことになりました。2011年から2015年は、障害者スポーツの激動の5年間といっても過言ではありません。
「パラリンピック」という言葉は、日本のメディアが1964年の東京大会のときに付けたといわれています。「パラプレジア(対まひ)のオリンピック」という造語です。当時は脊髄損傷の人たちしか大会に出られなかったからです。今は、「パラレル(もう一つの)オリンピック」という意味合いに変わっています。
リオデジャネイロパラリンピックには、159カ国、4000人以上の選手が参加しました。日本からは17競技、132人が参加し、銀メダル10個、銅メダル14個でした。メダルの数はこれまでで一番多かったのですが、金メダルはゼロだったので、国別では64位です。ただ、メダルを取るだけではなくて、別の価値がパラリンピックにはあります。
「レガシー」とは「遺産」です。パラリンピックが来ることで何が残るか。ネガティブかポジティブか、無形か有形か、計画的か偶発的かという三つの軸で分類してみました。
レガシー類型①は、ポジティブ・計画的・有形のものです。ハード面のバリアフリー化の推進、アクセシビリティ・ガイドラインの策定と活用、パラリンピックの魅力を体感できるプログラムの展開、障害者スポーツやパラリンピックに理解の深いボランティアの育成、アール・ブリュットなど専門家ではない人の芸術作品の普及推進など、文化面での社会基盤の構築、情報のバリアフリーの推進、障害者スポーツの場の整備が挙げられます。ただし、国立競技場に代表されるように、箱物は維持費がかなり高いので、それをきちんと勘案しないとネガティブになり、負のレガシーになってしまいます。
レガシー類型②は、ポジティブ・計画的・無形のものです。障害者スポーツの普及啓発、人材育成、競技団体の強化、障害者スポーツやパラリンピックに理解の深いボランティアの育成と、障害のある人もない人もボランティアに参加しやすい環境づくり、オリンピック・パラリンピック教育を通じた障害者への理解促進と心のバリアフリー化です。今度改訂される学習指導要領には「パラリンピック」という言葉が入ってきますから、生徒に教えるためには、教師もパラリンピックのことをしっかり勉強しなくてはいけません。
レガシー類型③は、ポジティブ・偶発的・無形のものです。これは、メディアによる障害者スポーツの認知度向上、障害者に対する意識の向上、障害者スポーツのイメージアップです。現状では、「パラリンピック」という言葉を知っている人は多いけれど、具体的な中身はほとんど知られていません。これが今後4年かけて、いろいろなメディアで報道されることによって変わってくることが期待されます。
レガシー類型④は、ネガティブ・偶発的・無形です。オリンピック・パラリンピック終了後にスポーツ人口が減少するのではないか、イベントに対する予算が減少するのではないかなど、いろいろなことがいわれています。実際、ロンドンのパラリンピックは、過去最多の275万人が有料チケットを買って観て、いろいろなプラス面があったのですが、障害者に対する社会の姿勢は改善されていません。また、スポーツができる障害者とできない障害者の二極化が起こり、格差が拡大したという報告もあります。どうすれば障害のある人たち全てがスポーツのできる環境をつくっていけるかが、とても重要な課題なのです。
パラリンピックは、Courage、Determination、Inspiration、Equalityをコア・バリューとしています。
Courageは、障害者の持てる力の提示です。困難で制限の多い体でも何ができるのかをパフォーマンスを通じて示すことができます。「それは危ないだろう」と止めるのではなく、「やってみたら」と勇気付けをするのです。
Determinationは、障害者の可能性の拡大です。障害者は、精神力、身体性、優れた俊敏性を合わせた独特の力を持っています。それによって、可能性の限界を再規定することができるのです。
Inspirationは、パラリンピックの選手などが世界をあっと言わせて、障害のない人たちも含めてつながり、ロールモデルとなって障害のある人たちがスポーツをできるように意識付けをしていくことです。
最後は、Equality(共生社会)をつくっていくことです。スポーツを通じてステレオタイプ化した意識に挑み、態度を変容させ、社会的なバリアや差別を打ち破ることに寄与する。これがパラリンピックの究極的な目的です。メダルを幾つ取ったかではなく、こういう環境をつくっていくことがパラリンピックの価値なのです。
私は、パラリンピックのために有望な選手を発掘するだけではなく、障害を持った若者たちに障害者スポーツに出合える機会を広く保障するという発想が大切だと考え、二つの提案をしています。一つは、障害を持つ中高生がスポーツを諦めてしまう前に、体育教員が障害者スポーツへの案内役を果たすことです。もう一つは、リハビリに携わる理学療法士や作業療法士が養成校で障害者スポーツについてもっと学べるようにすることです。
今、日本の障害者スポーツで一番ネックになっているのは、学校とリハビリをつなぐところがないことです。特別支援学校を卒業した後にスポーツをする場がないので、情報提供ができていません。多くの予算を掛けて選手の発掘をしていますが、そんなことをしなくても、学校の先生が「障害者スポーツセンターに行ってごらん」と一言言ってくれればつながるのです。学校の先生が分かるようにするためには、体育科の教職課程で障害者スポーツを必修化しなければいけません。
理学療法士や作業療法士も同じです。今はリハビリで保険が利くのは6カ月以内です。障害を持ってからスポーツを始めるまでの平均期間は3年といわれているので、リハビリの最後に、こういう所へ行くとスポーツができるよ、リハビリにもなるよと言ってくれると、スポーツをやる人が増えていき、それが最大の強化事業になるのです。
現場で障害者スポーツを普及するには、まずアダプテッド・フィジカル・アクティビティが必要です。これは「障害者スポーツ」と訳されることが多いのですが、実際はより広義に、障害者や子ども、高齢者なども参加できるように、ルールや用具、技術を改良したスポーツのことです。
今、オリンピック競技になっているようなスポーツの多くは、イギリスで完成し、世界に広まったといわれています。やっていたのは青年期の男性で、もちろん健常者です。だから、女性や子ども、高齢者、障害者がスポーツをするには、何かを変えてあげないと無理が出てきます。
日本では従来、スポーツというのは、スポーツが好きで得意な人がやっていればよいとされてきました。しかし今後は、スポーツがあまり好きではない人や、うまいと思えない人にもきちんと指導できる人を育成していかないと、スポーツ人口が減り、健康や長寿も難しくなります。そこで、日本福祉大学では2017年度、スポーツ科学部を立ち上げます。
二つ目に必要なのが、人間第一主義(People First)です。これはまず、障害ではなくその人自身を見るということです。僕が初めてパラリンピックに行ったのはアトランタ大会でしたが、アメリカでは日本と違い、短パンを履いて義足をむき出しにして歩いている人がたくさんいました。最初はそこにばかり目が行ったのですが、ある日、そういう人とバスで一緒になり、自転車が趣味で、週末に家族と一緒にツーリングに出るのが楽しみだという話を聞いて、義足ではなくその人自身に目が向くようになったという経験があります。
もう一つは、できないことではなく、できることに注目するということです。私のところに、指先しか動かない人がみんなと一緒にダンスがしたいと言ってきたことがあります。普通に考えると難しいのですが、私は指先が動くというところに注目して、みんなを縦に並ばせ、指先の動きから始まって、後ろに行くほど動きを大きくしていくというやり方で、エグザイルのようにみんなでぐるぐる回るダンスをしました。
三つ目がインクルージョンです。これは、現場で一緒にやるというだけではなく、大会や組織としてインクルージョンされることも重要です。
四つ目が、二つの物差しです。勝ち負けだけではなく、その人がいかに成長したかを見てあげるという意味合いです。
五つ目がエンパワーメントで、自分で考えて行動できる選手を養成するということです。
日本福祉大学は、「ふくし」社会(共生社会、地域の活性化、生涯にわたる健康で心豊かな生活、持続可能な社会保障制度)の形成をミッションとしていますが、スポーツ科学部は、これをスポーツを通じて実現することを目指すものです。
スポーツは、自発的な運動の楽しみを基調とする文化だからこそ、人々が継続的に親しみ、社会発展に寄与することができます。そのためにも、運動のうまい下手や、障害の有無、性別や年齢に関係なく指導できる指導者の養成や社会的環境の形成が求められています。そうすることで、障害者を含む全ての国民が、生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営むことが可能になるのです。本学のスポーツ科学部は、こうした社会的要請に応えることをミッションとしています。
コンセプトは、「スポーツを360度科学する」です。強くなるためのトレーニング科学から、健康づくりのための健康科学スポーツと政治・経済、スポーツを普及するためのマネジメント、指導や強くなるための心理学まで、スポーツに関わる全ての視角から勉強できる学部です。講義とフィールドワークにより、子どもから高齢者まで、障害のある人も含めた全ての人に対応できるスポーツ指導力を身に付け、どんな仕事でも生かせる実践力を鍛えます。
特別支援学校や保健体育の教師の資格も取れます。また、スポーツを仕事にすることもできるし、スポーツを支える仕事でクラブマネージャー、マスコミ・報道関係、健康関連企業にも就職が広がります。一般の行政、企業、大学院進学にも対応できる学部にしたいと考えています。
スポーツをもっと上手になりたい、もっと強くなりたい人。スポーツをするのは苦手でも、見たり考えたりは好きな人。スポーツに一生懸命な人を支えたい人。こんな人は集まってください。本学のスポーツ科学部では、教員26名のうち10名が女性です。女子学生にとっても非常に心強い構成になるのではないかと思っています。
※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。