先日、中国浙江省で、「農民工」の子弟に対する調査を行った。「農民工」とは、農村から都市に働きに出てきた人びとの総称であり、都市の発展を下支えしつつも、都市と農村を峻別(しゅんべつ)する戸籍制度のため、医療・教育などで都市住民と区別されている人びとでもある。調査は、「農民工」の子どもたちだけが通う学校で、中学3年生(40人。男女それぞれ20人)に対してヒアリング調査を実施した。主な質問内容は、家庭状況、卒業後の進路、将来希望する職業などである。子どもたちとの会話を通して、印象に残った点をいくつか紹介したい。
第一に、家庭状況をみると、40人のうち、マイカーを保有する家庭は17人(42.5%)だった(このうち2台以上は2人いた)。「農民工」とは、中国社会の最底辺層を形成する一群であると捉えられることが少なくないが、そのような認識は改めなければならないほどの驚くべき数値である。
第二に、「卒業後はどうする?」と聞くと、ほぼ全員が「わからない」とした。6月に卒業を控え、2ヵ月後には、新たな道に進まなければならないのだが、その進路はみな不明瞭だった。都市戸籍を持たぬことが、その背景に多少は影響しているかもしれない。しかし、子どもたちに、区別に対する投げやりな態度はなく、むしろ焦りを感じることはなかった。「焦らない?」と問うと、「今、人生を決める必要はない」という意味を含んだ回答が多数返ってきた。なるほど中学3年生で将来を定めることができないのは当たり前である。
第三に、それでも、「親は心配しないのか」と食い下がると、「親といえども人の話は聞かない」という。正確に言えば、話は聞くが、「従いたくない」という意味であろう。ある男子生徒が、あまりに尖った態度を示したので、「ねぇ、世の中のルールとか、世間体とかをどう思う?」と問い正すように尋ねると、「学校のルールとか、社会のルールとか、そんなものは、どうでもいいよ」と堂々と返してきた。私の横に座っていた校長は、「私、こういう生徒が好きです。将来が面白そうですね」と、誰に向かうわけでなくうれしそうに感想を述べた。そんな二人の噛み合っているようで噛み合わない会話につられて、ついつい笑いがこぼれた。
最後に、「将来はどんな職業に就きたい?」と問うと、男女問わず、8割以上の生徒が「商売を始めたい」と答えた。「具体的には?」と聞くと、「今、決める必要があるのか?」と逆に問われてしまった。このような尖った質問をしたところで、子どもたちは、その身を固くし、尖り続けてしまうのだろう。しかし、「ルール?そんなのどうでもいいよ」という尖った子どもたちを、校長のように柔らかく包み込むことができれば、たとえ「農民工」の子どもであっても、彼らの能力が開花する可能性は高い。そして、将来、マイカーを容易に手にしていくのではなかろうか。
※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2017年4月18日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。