※所属や肩書は講演当時のものです。
皆さんは、子どもの貧困といえば、遠く離れた国で食べる物もなく、死んでいくばかりの子どもたちを思い浮かべるかもしれません。それも子どもの貧困には違いないのですが、子どもの貧困は学術的に大きく二つに分けられます。
途上国で飢餓に苦しむ子やストリートチルドレンにまつわる貧困は、絶対的貧困といいます。生命を維持するために最低限必要な衣食住が満ち足りていない状態です。それに対し、日本が問題にすべきなのは相対的貧困です。その地域や社会で「普通」とされる生活を享受できない状態です。
所得でいえば、単身世帯で年122万円以下が一つの目安になります(2015年)。経済的理由で高校や大学に進学できない人のために、日本福祉大学もさまざまな奨学金を用意していますが、学費を払えなくて退学・休学する学生が必ずいます。これも相対的貧困の問題です。
子どもの貧困が公に知られるようになったのは、2008年ごろからです。私がいつも紹介するのは、虫歯があっても治療を受けられずに中学生で総入れ歯になった子どもや、給食がない夏休みは体重が10kgも減る子ども、カッパや傘がないので雨天には無断欠席する子どもの事例です。当たり前のことができず、当たり前のものを持っていないわけです。子どもの貧困の深刻さを伝えるために、このような重い事例を紹介することが多いのですが、それだけでなく、高校・大学に進学できないことさえも、子どもの貧困問題だということを念頭に置いてほしいと思います。
私は、名古屋市内の全ての公私立保育所の保護者を対象にアンケート調査を実施しました(2012年)。わかったのは、20歳未満の保護者の75%が貧困層であること。それから、子どもの年齢が幼いほど貧困とはいえないということです。全国統計では子どもが幼いほど貧困ですが、名古屋市は当てはまりませんでした。別の見方をすれば、子どもが幼い貧困世帯は、子どもを保育所に預けていない可能性があるとも考えられます。
貧困層の皆さんは、病気、障害、学習面の遅れに不安を抱えている人が多く、常に貧困の連鎖を不安に感じています。また、所得の高い階層よりも貧困層の方が、子どもの将来を心配していることも実際にわかりました。やりたいことができないことも、貧困層を象徴する問題です。それから、貧困層の約4分の1が社会的に孤立しています。貧困であるがゆえに孤立させてはいけないのに、他の層に比べて割合が高いのです。
また、貧困層は他の階層に比べて、保育所利用を消極的に捉えています。収入が低い層ほど、「仕方なく保育所に預けている」と答える人が多いのです。また、所得が低くなるほど育児ストレスを抱えやすく、発散するために叩いたり、厳しく叱ったりする人が多い結果となりました。また、200名を超える保育所利用者が「世話に関心がない」と答えています。
子どもの貧困を改めて定義すると、「子どもが経済的困難と社会生活に必要なものの欠乏状態におかれ、発達の諸段階におけるさまざまな機会が奪われた結果、人生全体に影響を与えるほどの多くの不利を負ってしまうこと」(小西祐馬氏)といえます。
子どもの貧困は、経済的困難を中核にしながらも、不十分な衣食住、適切なケアの欠如や虐待・ネグレクト、文化的資源の不足、低学力・低学歴、低い自己評価、不安感・不信感、孤立・排除が複雑に絡み合っていて、大人になっても貧困から脱出できなければそのまま引き継がれます。これを貧困の世代間連鎖、あるいは貧困の世代的再生産といいます。
日本の子どもの貧困率は、2012年の16.3%から2015年には13.9%に下がりましたが、ひとり親家庭の貧困率が50.8%(2012年54.6%)と依然として高いことが大きな問題です。
日本の年齢階級別貧困率
1984、1994、2004年の年齢階級別の貧困率を比べると、1984年は高齢者の貧困率が最も高いですが、1994年、2004年になるにつれ、高齢者の貧困率は下がり、子どもの貧困率が上がっています。しかも、5歳未満の子どもが最も高くなります。
ひとり親世帯の貧困率を国際比較すると、普通は就労世帯の方が非就労世帯よりも貧困率が低くなるはずですが、日本はあまり変わりません(2000年代)。つまり、働いていても貧困から脱出できないのです。
それから、日本は再分配前よりも再分配後の貧困率の方が高い(2000年代)。他の先進国は、税金や社会保険料が所得に応じて再分配されますが、日本は税金や社会保障制度によって逆に貧困に陥るケースが多いです。社会保障は本来、貧困から脱出するために存在しますが、逆転現象が起きているのです。
先進国における子どもの貧困対策に関する公的支出を比べると、日本は欧米諸国と大きな差があります。保育・幼児教育に公のお金がかけられていません。特に、最も貧しいはずの0~5歳にかけるお金が、他の先進国に比べて少ないです(2003年)。
そうした現状を打開するため、子どもの貧困対策法が制定されました(2013年)。ただ、法律といっても経済的指標や学習機会に関する指標を定めただけのものです。国の調査を基に、政府と都道府県がそれぞれ貧困対策計画を作っています。貧困対策法の下に作られたのが大綱(2014年)です。ここに細かいメニューがあって、全ての子どもたちが夢と希望を持って成長していける社会の実現をスローガンに、六つの施策が考えられています。
一番大きな柱は、「教育の支援」です。学校をプラットフォームとした子どもの貧困対策の推進が前面に出ています。全ての小学生は不登校でない限り学校に行っているので、学校を貧困解決の窓口にしようとしているわけです。その他、奨学金制度の改善や幼児教育の無償化もうたわれています。
ただ、結果として大綱に盛り込まれなかった内容もあります。例えば18~19歳の制度対象外の層への支援です。高校を出て以降のことは、どうしても手薄になります。それから、大綱では給付型奨学金の創設を盛り込んでいません。また、5歳児および高校の義務教育化、長期休暇中の給食実施や給食の無償化、正規就労の促進や安定した労働環境と賃金も盛り込まれていません。削減目標は書かれていないし、「権利」という文言も1カ所のみです。最近、業界で話題になっている「保育ソーシャルワーカー」を子育て支援の現場に置くことも盛り込まれませんでした。
山形大学の戸室准教授は、子どもの貧困率は都道府県で差があるのではないかと考え、調査しました(2012年のデータより)。すると、5~10%未満から20%以上まで、幅の広い結果が出ました。全国平均は13.8%ですが、最も高いのは沖縄県の37.5%です。愛知県は10.9%と低く、石川県はさらに低い10.0%であることもわかりました。
この調査は、都道府県別に貧困対策をしよう、特に国を挙げて沖縄の貧困を解決しようという動きのきっかけになり、国は10億円の予算を直接付けて、「沖縄子供の貧困緊急対策事業」を行っています(2016年度より)。事業の柱は、「子供の貧困対策支援員の配置」と「子供の居場所の運営支援」です。
「子供の貧困対策支援員」は、地域の現状を把握し、学校や学習支援施設、居場所づくりを行うNPO等の関係機関との情報共有や、子どもを支援につなげるための調整を行います。また、居場所の担い手を確保するなどして、新たな子どもの居場所づくりの準備等を行います。
「子供の居場所の運営支援」では、既に居場所ができているところや、これから作ろうとしているところを支援する予算を付けています。地域の実情に応じて、食事の提供や生活指導、学習支援を行うとともに、年に数回程度、キャリア形成等の支援を行います。放課後から深夜まで開所することも想定しています。ひとり親世帯の子どもに限定せず、居場所を必要とする子どもを対象としています。
貧困率の深刻な数字が発表された直後には、就学援助と学童保育利用料補助の施策が充実しました。就学援助は給食費、教材費、修学旅行費を国が出す制度です。学童保育所は保育と言っているにもかかわらず、保育所と違って民間の利用料が高く、お金がある人でなければ利用できない制度になっています。共働きやひとり親の家庭にとって学童保育所は欠かせないので、利用料補助が実現しました。そのように、いろいろなメニューを合わせて、沖縄の貧困対策が進められています。
最後に、地域の大人ができることについてお話しします。まずは、「無料塾」です。学習支援とも呼ばれているものです。本来、義務教育を終了すれば、進学の道が開かれるにもかかわらず、塾や家庭教師に依存せざるを得ませんが、お金がなければ依存できません。そういう家庭に対して、無料で学習支援が行われています。
日本福祉大学にも「アンビシャス・ネットワーク」という学習支援のサークルがあります。卒業生が一般社団法人をつくり、半田市の子どもたちの学習支援を継続的に行っています。学習支援から、さらにいろいろな居場所支援や「子ども食堂」のようなこともしています。始めたのはまだ20代の人ですが、学生と一緒に元気に取り組んでいます。そういう活動も、昔で言うセツルメントになるかもしれません。
もう一つは、子ども食堂です。私が実際に行かせていただいた「わいわい子ども食堂」は、多数のボランティア、見学者、子どもたちがいて、野菜を中心としたいろいろな食材を提供してもらいながら、楽しく活動しています。どこの家庭でも、家計で大きな比重を占めるのは食費と子どもの教育費ですから、その負担を減らす無料学習塾と子ども食堂はわかりやすいと思います。
ただ、子ども食堂のほとんどは、子どもの貧困対策として行われておらず、地域の子どもたちが楽しく食事の時間を過ごせるようにするという思いが強いです。批判しているわけではなく、それをきっかけにして、結果的に貧困で困っている子どもたちが来ているはずなので、必要な場合に必要な専門機関につなげるべきだというのが私の主張です。
子どもの貧困に対する援助は、国も補助金を出しているので、人と場所、お金さえあれば、始めるのは割と簡単です。ですから、子育て支援の制度も活用して、救貧対策よりも防貧対策としてもっと充実させるべきではないかと思います。
実は、石川県の子育て支援は充実しているのです。私は何年か前に石川県庁にヒアリングに行って、マイ保育園登録制度について調査しました。出産前から就学前まで一貫して支援する仕組みは、全国にそれほどありませんでした。一番人気は一時保育利用券だそうで、東京都の幾つかの区でも同じような制度を導入しています。
石川県では、子育て支援コーディネーターを各保育所・認定こども園に置こうと動いていて、市町レベルでは子育て支援総合アドバイザーを置こうとしています。この仕組みをより充実させる必要があると考えます。
私は、子どもの貧困対策として児童館もとても大事だと言い続けています。児童館は児童福祉施設なので、幸せでない子どもたちを救う機能があってしかるべきなのですが、愛知県内の市町村には児童館が全くない所もあります。大型児童館を一つ造るよりも、小さな児童館をたくさん造ることで、子どもの居場所を保障すべきです。そこで子ども食堂や無料学習塾をできないかと思うのですが、なかなかうまく進みません。
それから、石川県には「いしかわエンゼルプラン2015」があります。本来なら「いしかわ子ども総合条例」に基づく行動計画や、子ども・子育て支援事業支援計画をそれぞれ立てるのですが、石川県ではそれらを一緒くたにしています。子どもの貧困対策計画も一緒にされています。
エンゼルプラン2015の基本データのなかに、社会的養護を必要とする児童数とひとり親世帯の増加がありますが、それらに対する貧困対策は特に打ち出されていないと思います。エンゼルプランの中に貧困対策計画があるような都道府県は少なく、大体は子どもの貧困対策計画として独立しています。どちらの県の方が、対策が充実しているかわかるでしょう。
私がお伝えしたいことは、1点目に、子どもの貧困に関わる問題は見ようとしないと見えないということです。福祉の仕事をしていない人は通常、貧困問題には出会わないので、県民の皆さんに対して子どもの貧困問題を知ってもらうことが必要です。そのために、石川県もぜひ子どもの貧困に関する独自の調査を行い、子どもの貧困対策の独立した計画を作ることが必要だと思います。
2点目に、想いを共有できる人を増やし、できるところから始めることです。子ども食堂や無料学習塾は比較的取り組みやすいです。それをどうやりくりするかという課題はありますが、愛知のようにネットワークを組みながら、ぜひ石川県でも、困っている子どもたちを救う取り組みを進めてほしいと思います。
3点目に、子どもの心の声を聴くことです。子どもは見知らぬ人に「助けて」と言えません。目の前の子どもを理解し、救うことが、われわれ大人に課された課題だと思います。
※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。