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スクラップアンドビルドの先にあるもの

「生意」の真意とは

 中国語の「生意」は、日本語では「商売」と訳される。日々、中国人と接していると、「将来、社長になってお金持ちになりたい」という強い希望をしばしば耳にする。それゆえ、「生意」の大意を「商いとは生きる意味にほかならない」と解釈したくなる。また、私がこれまで中国で実施したアンケート調査では、学生(中学生から大学生)、企業の従業員、さらに年齢や性別にかかわりなく7、8割が、「将来、商売を始めたい」と答える。このような実態を前にすれば、なるほど、商売を始めることは、中国人にとって大きな人生目標であり、まさに生きる意味そのものであるという確信すら生まれてくる。

 しかし、この訳は正解ではない。「生意」の解釈としては、諸説あるようだが、おおむね「商いとはいつも生(なま)の人間、すなわち新鮮な人間関係を絶えず維持しながら行うものである」というのが正しいといわれる。逆に、「いつも同じ顔触れ、熟した人間関係のもとで商いを続けていると上手くいかなくなる」ということであろう。つまり、「生意」とは、熟した人間関係のなかで、長期的な利益、安定・安心・安全を求めるのではなく、短期的で、安定・安心・安全とは無縁な状態をあえて作り出すという意味が含まれている。

 ただ、このように言われてもなかなか理解することは難しい。なぜ、利益が生まれていたとしても、人間関係のスクラップアンドビルドを行う必要があるのか。どうして熟した人間関係、信頼関係を構築しようとはしないのか。このような疑問が浮かんでも不思議ではない。

 ところが、新鮮な人間関係を維持する「生意」にはそれなりの意味がある。たとえば、スクラップアンドビルドを繰り返すことによって、人間関係の輪は決して固定化されず、どこまでも広がっていくことになる。また、参入障壁を低くすることにより多くの人々にチャンスが巡ってくる可能性は高くなる。さらに、経済活動における「自由な裁量権の領域」が維持されることになる。

 とくに、この「自由」な概念がもっとも重要な点ではないかと思っている。もとより商売とは、誰かに命令され、指図を受けたりせず、自らの裁量権=「自由」が確保されていることが大きな魅力といえよう。そして、裁量権を保ち続けるためには、絶えず対等な人間関係が築かれる必要がある。逆に、熟した人間関係が続くと自然と上下関係が形成され、「自由の領域」に代わって「今回はちょっと辛抱して」という言葉が幅を利かせてくるであろう。

 このように「生意」の根底には、「お金持ちになる」と同時に、経済活動における「自由」の獲得が目指されている。もっとも、「生意」の概念が、現在の中国経済にどのくらい反映しているのか定かではない。しかし、「お金」と「自由」を同時に獲得できるとすれば、それは随分と贅沢なものであり、人々がこの目標を抱くことが、中国経済の成長の一つの要因ではないか、と推測することはそれほど間違いではないように思えてならない。

原田 忠直 経済学部准教授

※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2017年12月12日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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