藤田 紀昭 スポーツ科学部教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
私の研究テーマは、どのような条件があれば障害のある人がスポーツを始めることができるのか?重症心身障害のある人に対する運動やレクリエーションの効果にはどのようなものがあるのか?障害のある人のスポーツ指導に当たる人にはどのような資質が必要か?障害のある人のスポーツ実施の実態はどうなっているのか?障害者スポーツ大会の最高峰の大会パラリンピックのレガシー(遺産)とは何か?などです。今回は研究テーマのうち障害者スポーツ普及の課題とパラリンピックのレガシーについて触れたいと思います。
スポーツ庁の調査(私はこの調査の調査検討委員会委員長でした)では、障害のある人の週1回以上のスポーツ実施率は18歳以上で20%前後(図参照)。障害のない人の場合、約40%〜50%で推移しています。逆に運動をしていない人の率は障害のある人で約60%、障害のない人で約20%でした。障害のある人の週1回以上のスポーツ実施率は障害のない人の約半分、実施していない人は約3倍という結果です。
障害者スポーツ関連新聞記事数と障害児・者の週一回以上のスポーツ実施率
「すべての人が運動やスポーツを実施すべきだ」ということではありません。しかし、運動やスポーツに関する情報がなく、やりたいのにやれない。運動やスポーツの楽しさや効果を知らないままでいる人が多いとすれば、その機会が増え、楽しさや効果を享受でき、健康で生きがいある生活に結びつくことに異論はないでしょう。なお2017年に国から出された第2期スポーツ基本計画ではこの数字をもとに障害のある人のスポーツ実施率の目標値が40%と定められました。
さて、こうした状況に対してどのような施策を考えればよいでしょう?鍵となるのは障害のある人やその家族に対してスポーツに関する情報をどう届けるかということと、地域において障害のある人のスポーツ普及のための体制をどう作るかという点に集約されます。
一点目に関しては、学校の教員やリハビリテーションに携わるPTやOTが果たす役割が重要です。なぜなら、先天的に障害のある人や幼いうちに障害を持つに至った人は必ず学校に行くことになり、後天的な障害者は必ずリハビリテーション期間にPTやOTの指導を受けることになるからです。しかし現在はその点が十分ではありません。教員とりわけ体育教師やPT、OTがこうした資質を持てるような養成カリキュラムの改革が必要です。ちなみに日本福祉大学スポーツ科学部ではこうした考えのもと卒業時には全員が障害者スポーツ指導者資格を取得するカリキュラムとなっています。
二点目に関しては、障害のある人が生涯スポーツとして長くスポーツを実践したり、より高いレベルで競技を行うために、治療やリハビリに関わる医療機関、学校での体育や部活動に関わる教育機関、生涯スポーツや競技強化に関わるスポーツ関連組織が連携することが必要となります。障害者スポーツは2013年度までは厚生労働省管轄でした。それ以降は文部科学省(スポーツ庁)管轄となったことなどもあり、連携が十分とれているとは言えません。この点の改善も重要です。スポーツ庁などから出席を求められた会議ではこうした点を強調してきましたが、いまだ実現していません。これからもエビデンスに基づいた発言で改善を促していきたいと考えています。
さて、いよいよ2020東京オリンピック・パラリンピックが近づいてきました。初めてパラリンピックを見るという人もたくさんいるのではないでしょうか?義足や全盲の選手が100メートルを10秒台で走ったり、走り幅跳びで8メートル以上跳んだりとそのハイレベルのパフォーマンスに目を見張ることでしょう。実は障害のない人の陸上競技の日本記録を上回る記録を持つ障害のある選手は何人もいるのです。また、ボッチャやゴールボール、ブラインドサッカーは、重度肢体不自由の選手や、全盲の選手もチームスポーツを楽しめることを証明しています。口にラケットをくわえてプレイする卓球選手や電動車いすのテニス選手、補助具と介助者のサポートのもと、寸分の狂いなくボールを的に近づけるボッチャ選手に私たちは驚かされることでしょう。パラリンピックは科学技術の進歩と身体活動に対する人類の可能性を示していると言えます。
私は現在、このパラリンピックが日本社会に何を残すのか?日本の社会がどのように変化するのか、つまりパラリンピックのレガシーは何かについて研究しています。街のバリアフリー化や最新のテクノロジーを使ったサポート機器の開発など有形のレガシーもありますが、私が特に注目しているのは目に見えない無形のレガシーです。具体的には人々の障害者スポーツに対する注目度や、認知度、障害のある人のスポーツ実施率、雇用、障害のある人や障害者スポーツに対する人々の意識の変化などです。
障害者スポーツに対する人々の注目度はここ数年で非常に高くなってきました。前頁の図の右肩上がりの線は障害者スポーツに関する新聞記事数、残りの二つは先ほど触れた障害のある人のスポーツ実施率です。このように新聞やテレビで障害者スポーツやパラリンピックに関する話題がたくさんとり上げられるようになりました。しかしながら、先述の通り障害のある人のスポーツ実施率はそれほど変わっていないのが現状です。どのようにすれば障害のある人がスポーツを楽しめるようになるのかは長年の私の研究テーマであると同時に社会的な課題でもあります。
私は2014年から障害者スポーツの競技種目の認知度や人々の障害のある人に対する意識の変化を2年ごとに調査しています。その結果、「ボッチャ」や「パラ・バドミントン」という競技の認知度は高くなってきていることがわかりました。2014年と2018年を比較するとボッチャは1.9%から19.7%と認知度は10倍以上になりました。パラ・バドミントンは5.5%から17.2%に上がりました。
また、障害者スポーツを見たり体験したことがある人は経験のない人に比べると障害者スポーツや障害のある人にポジティブな意識を持っているということも明らかになりました。しかし、2014年と2018年の調査結果を比較してもポジティブな意識を持っている人がそれほど大きく増えてはいませんでした。意識の変化にはもう少し時間が必要なのかもしれません。2020年のパラリンピックを経験して人々の意識がどれほど変化するのか、どのようなレガシーが残るのかについては引き続き注目していきたいと思います。
※2019年8月15日発行 日本福祉大学同窓会会報123号より転載