渡辺 崇史 健康科学部教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
私の専門はリハビリテーション工学です。障害のある人や高齢の人(以下、利用者)の生活とさまざまな活動を支援するために、アシスティブテクノロジー(支援技術)に関する研究開発や実践活動に、20年以上に渡り携わっています。利用者が暮らす地域や特別支援学校等に出向き、福祉用具のフィッティング相談やテクノロジー活用に関する相談にも応じながら、役立つ支援機器、アプリケーション、支援サービスの構築等を考えています。今回は、私の研究と実践活動の例として、ICT(情報通信技術)を活用した取り組みを紹介したいと思います。
福祉用具を含む支援機器は、一人ひとりの多様な生活やニーズに対応するために、利用者の身体状況等に合わせて選定され必要な調整をした上で提供されます。また、より個別性に合わせるための改造や専用の支援機器製作も、しばしば行われます。「製作・改造」による対応は、リハビリテーション関連施設、介護実習・普及センター、障害者ITサポートセンター等の他に、自助具やパソコン支援に関わるNPOやボランティア団体等がその役割を担っている地域もあります。
しかしながら、「製作・改造」による支援機器の提供場面では、「継続的かつ、利用者の変化に対応するタイミングのよい支援が求められる」こと、「製作品の再現性の難しさ、一品製作や試作の繰り返しによるコストアップ」等の課題を抱えながら行っており、加えて、支援に関わる者の経験知や技能といった、特定の個人や地域資源に依存する影響が大きいのが現実です。
そこで私は、利用者の暮らす地域で、より個々の身体状況やニーズに応じた支援機器提供ができるように、デジタルファブリケーション(デジタルデータを元にしたものづくり技術)を活用した連携協同型の支援システム構築に関する研究をしています。このシステム構築のための取り組みを2つ紹介します。
さまざまな支援機器のデジタルデータを閲覧・共有できるデータベース(Support System for AssistiveTechnology、以下、SS-AT[1])を開発しています(図1)。デジタルデータはダウンロード可能なので、離れた地域に住んでいても3Dプリンターさえあれば、国内外問わず同じ支援機器を何度でも製作できます。さらに、そのデジタルデータを加工することにより、より利用者に合うように再設計し造形することも可能です。
図2はタブレット・スマートフォン用のキーガードです。手指に不随意運動等による肢体不自由があってタッチパネル操作が難しい場合、その操作を助ける補助具です。使用する情報端末のサイズ、利用者の手指機能や利用するアプリ等に応じて、各部の寸法や穴の位置や数を変更してデザインし、3Dプリンターで製作することができます。
図3は鍵回し補助具です。関節リウマチ等により鍵をつまんで操作することが難しい方に便利な自助具です。握り部のサイズや取付ける鍵の向きや角度等を決める必要がありますが、利用者の意見や支援者の経験に基づいた各部の寸法決定の指標が付加されているため、利用者個々の手指の関節変形や握り方に合わせた製作改造が行えます。
デジタルファブリケーションの利点を活かした活動が継続的に展開されるためには、利用者が暮らす地域で支援機器の「製作・改造」対応ができる人材育成が必要です。そこで本研究では、支援者養成プログラムの立案とそのプログラムに基づいたワークショップ型講習会を試行的に実施しています(図4)[2]。
講習会では実際に3Dプリンターを操作して自助具を造形したり、3DCADを使って自助具をデザインしたり等の体験をしながら学びます。 2018年度は地域包括ケアシステムの推進の1つとして愛知県半田市にて実施し、2019年度は滋賀県(滋賀県社会福祉協議会協力)と、沖縄県(沖縄県障がい者ITサポートセンター協力)で実施しました。
いずれの講習会も、地域で活動する医療・福祉関連職、特別支援学校教員、自助具ボランティアグループ等の支援者、そして支援機器の利用者等を対象にして実施しています。今後も全国各地で講習会を実施していきたいので、興味のある方はぜひ、お声かけください。
私は、ICTを活用した学習や就労、日常生活支援に関する研究にも取り組んでいます。ICT利用において大切なことは、活動場面での個々人の困難さをICT利用によって補うとともに能力を拡張して、活動に参加できるようにすることです。私が関わったプロジェクトでは、接客支援用アプリや会計アプリ等を開発し、知的に障害のある高等部生徒の喫茶営業にタブレット型端末を利用しました。その結果、ICT活用は本人の達成感や自己有用感を高めキャリア発達を促す効果があることを実証しました[3]。
また最近は、印刷物障害(Print Disability)という言葉を聞くことが多くなりました。紙の印刷物にアクセスすることが困難な人や状態を指します。印刷物障害は、紙の情報をICT機器で利用できる電子媒体(デジタルデータ)とし、その困難さをもつ利用者が扱える、あるいは、理解できるメディアに変換することで、その状態をなくすことできます。私の最近の実践研究でも、障害状況の異なる複数の大学生にデジタルデータ化した教科書をタブレット型端末に入れて導入したところ、学習活動に効果的な結果を得ることができました。ICTを利用した印刷物障害に対する取り組みは、修学支援における合理的配慮の1つとしてさらに実践的な研究が進み、大いに活用されていくでしょう。
「ICTや機器はどうも苦手、できれば避けたい」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。ただ、そのような支援者に出会った利用者は、ある意味とても不運であると思います。なぜなら、その利用者の今後の生活における可能性が極端に狭められてしまうかもしれないからです。「ICTや機器は苦手」、という支援者も、とにかく自らが使ってみてほしいと思います。最初は機器の仕組みや動きが分からず、途中で投げ出したくなるかもしれません。しかし、そこで投げ出さず、いろいろと試してみてほしいと思います。時間経過とともに自分が思うように操作できるようになり、とても面白くなってくるでしょう。と同時に、その機器を使うことで利用者の生活にどのような変化をもたらしうるのかを実感して欲しいと思います。例えば、わずかな身体の動きを使ってスイッチが使えるようになれば人や生活と繋がり、社会参加の第一歩にもなることでしょう。
ICTや機器が効果的に利用されることで、利用者が見通しを持つことができ、希望が生まれ、それが次への動機付けにつながり、さらに生活の幅が広がること願っています。
[1] SS-AT(機能評価版)は広く利用していただけるように試作版を公開しています。http://ss4at.nanalabo.co よりアクセスできます。また、各支援機器データへのコメントの書き込み、データのアップロード/ダウンロードが可能です。開発や活用に協力いただける方を募っていますので、興味ある方はご連絡ください。
[2] 本取り組みは、「地域でデジタルものづくりができる支援者養成プログラムの開発 ~3Dプリンターを用いた支援サービス活動のために~」として、日本福祉のまちづくり学会第22回全国大会(2018,東京)にて発表し、大会優秀賞に選ばれました。
[3] 「卒業後の自立までの見据えたキャリア発達を促すICTツールの開発」として、ICTを利用した喫茶サービスキャリアマネジメントハンドブックとしてまとめています( http://www.pef.or.jp/school/grant/special-school/gunjyo/ )。
※2020年3月15日発行 日本福祉大学同窓会会報124号より転載