中島 民恵子 福祉経営学部 准教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
私のこれまでの研究は、学部生時代にボランティア活動で出会った、在宅継続が困難になりつつあった1人の認知症の人が抱える生活課題に対し、どのように向き合っていけるかを考えたことから始まりました。その過程でグループホームや宅老所を知り、第一線で認知症の人と丁寧に向き合う専門職や研究者と出会いました。貴重な出会いを通して、認知症の人と家族への支援を中心に、一貫して『支援が必要な人・家族がこれまでの人間関係や地域社会から排除されない暮らしの実現』を目指し、高齢期の健康維持から終末期ケアに至る研究を続けてきました。
認知症の人・家族がこれまでの人間関係や地域社会から排除されない暮らしの実現は、ケアのあり方だけを考えることでは達成できないと感じてきました。コミュニティのあり方、自治体や国の政策のあり方というように、認知症の人・家族を取り巻く状況をミクロ、メゾ、マクロの3つの重層的なレベルを捉えて研究することを意識してきました。表1はこれまでの主な研究課題をマッピングしたものです。
本稿では、ミクロレベルとしてアドバンス・ディレクティブ(事前指示書)の意義と課題に関する研究(⑦)、メゾレベルとして自治体の認知症地域支援体制のあり方に関する研究(⑫)、マクロレベルとして認知症ケア政策のあり方の国際比較研究(⑯)をご紹介させていただきたいと思います。
認知症とともに生きるとき、終末期において自分の意向を伝えることが難しくなっていく現実があります。終末期に向けた自分の意思を表示する1つの方法としてアドバンス・ディレクティブがあります。私は5年ほどアメリカにいましたが、アメリカではアドバンス・ディレクティブの法整備が日本よりも進んでいました。そこで、アドバンス・ディレクティブは認知症の人を含む高齢者の終末期における意思や意向を反映する有効な方法になっているのかについてニューヨーク州立大学の先生方と一緒に分析しました。
具体的には、ニューヨーク州の介護施設(NursingHome)にてアドバンス・ディレクティブの1つである入院拒否の意向(Do-Not-Hospitalize Orders:DNHorders)が実際の入院回数に反映されているかについて分析しました。その結果、入院拒否の意向を持つ認知症の入所者は、持たない入所者に比べて入院回数が少ないことが明らかとなりました。また、全ての入居者においても同様の結果が得られました。一側面からではありますが、この研究の結果から入居者本人の終末期において、アドバンス・ディレクティブは尊重され、活用されていることが分かりました。一方で、36%の入居者はアドバンス・ディレクティブを全く提示していない状況であることも明らかになりました。ケアに関わる専門職が早い段階で本人の意向を明確にし、共有していくためにも、アドバンス・ディレクティブなどの作成に向けた支援を行っていくことが望まれます。
認知症と一言で言っても、初期の予防や早期発見から終末期の看取りまで、ステージ全体を捉えて考えることが必要です。例えば、早く認知症の人を発見していくためのスクリーニングに力を入れ、その仕組みが充実したとします。しかし、認知症の疑いがあると分かった人に対して、フォローアップの仕組みが無いことで、診断結果が本人の不安を増幅させ、どこの支援にもつながらないまま、数年後に何かしらの問題で支援につながるといったことを見聞きする機会がありました(空白の期間)。これらを踏まえて、23自治体への資料調査を行い、認知症支援施策にはどういったものがあるのかをステージ別に整理しました。さらに、3つの自治体に焦点をあてインタビュー調査を中心とした研究を行いました。
調査先の自治体の1つである、北海道本別町では初期ステージの支援が重点的に取り組まれており、住民参加型予防教室の継続実施と自主運営化が進められていました。本別町の地域住民、専門職へのインタビューを通して、住民参加型予防教室の実践により、A〜Eの5つの効果が生まれていることが分かりました。教室を継続的に開催することで、A.認知症の予防意識の醸成、B.閉じこもりの防止が実現し、さらに、参加者の状況を把握する場、参加者が認知症を発症していく過程で受入を支援する場が形成され、C.地域把握力の向上、D.見守り・支援体制の構築がなされていました。また、E.日常時の声かけ頻度が多くなったり、町内の他活動への参加が増える等、関係性の蓄積を通して、住民相互と行政担当者との間の相互理解、信頼の醸成がなされていました。
調査は2005年〜2006年でしたので、その当時と比べると認知症に関する条例が作られている自治体もあり、様々な施策の広がりが見られます。一方で、自治体間の差を感じることも多く、引き続き自治体として認知症の人と家族をコミュニティも含めて支援していくあり方について考えていきたいと思っています。
表1:主な研究課題
自治体レベルの施策に関する研究を進めていく中で、認知症に関する国家戦略(計画)の必要性を感じるようになりました。日本において体系的な認知症施策が形成されず、取り組み自体が場当たり的に行われていると思う機会が何度かあったためです。そこで、厚生労働科学研究費をいただいて2010年〜2011年に先進的な認知症ケアに関する政策を展開しつつある諸外国の認知症ケアをめぐる、理念・制度・ケアサービスを体系的に捉えるため調査研究を実施しました。対象国は、イングランド・オーストラリア・オランダ・スウェーデン・デンマーク・日本です。
認知症ケアに関する政策の共通点、相違点を明らかにすることを意識して研究を進め、日本の認知症ケアに関する課題(不足点)として以下の7点を示しました。7点とは、1)初期診断から社会サービスへの紹介のパス、2)保健医療サービスと社会サービスのコーディネート機能、3)認知症の人の在宅生活を支援する二次医療、4)施設入所の際の意思決定プロセスの枠組み、5)認知症の人に対する緩和ケアの合意、6)認知症ケア政策の体系化、7)政策実施に対する評価(モニタリング)体制です。本研究が終了した後、2012年9月に認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)、2015年に認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が示されました。本研究の成果の一部がこれらの計画・戦略に貢献できたのではないかと考えています。今後も各国の状況を把握しながら、比較の視点を持って日本の認知症ケアの政策について考えていきたいと思っています。
日本福祉大学に赴任してまだ3年目ですが、今年から所属している福祉経営学部において履修証明プログラム「認知症とともに生きるを支える」を担当させていただくこととなりました。私がこれまで国内外の現場の方や研究者から学ばせていただいたこと、研究を通して明らかになった知をみなさまと共有させていただく機会が得られたことをうれしく思っています。認知症の人と家族を含む『支援が必要な人・家族がこれまでの人間関係や地域社会から排除されない暮らしの実現』に一歩ずつつながるように、引き続き研究・教育・実践を続けていきたいと考えています。
※2020年8月15日発行 日本福祉大学同窓会会報125号より転載