ChatGPTなど昨今のAI技術の進歩は目覚ましく、私たちの生活に浸透しつつある。今後、私たち人間とAIとの共生が進むことが予測されるが、そのような状況へと進むことによって、AIと人間の違い、すなわち人間とは何かを私たちが問う機会がより生じるのではないだろうか。
筆者はスポーツ心理学を専門としているが、スポーツでの試合をはじめとする本番に人が直面した時、その人から「人間らしさ」をよく感じる。重要な試合に際して生じるプレッシャーは、多くの人にとって実力発揮を妨げる要因である。プレッシャーによって身体が震えてしまったり、いつも通りの動きができなくなってしまったり、状況をうまく判断できなくなってしまう。これらはスポーツの試合に限ったことではない。企業活動における重要なプレゼンでも類似したことを経験した方は少なくないはずである。このようなプレッシャーによる種々のパフォーマンス低下は、「あがり(choking underpressure)」と呼ばれ、スポーツ心理学をはじめ種々の分野で研究が進められている。
スポーツや日常生活において、私たち人間は自身の身体を巧みに制御して動くが、動きの制御には通常エネルギーを使用して筋肉を活動させる必要がある。体内のエネルギーは有限であるため、人間はその使用を最適化して動きを制御する。例えば、手を上げたり下げたりする単純な動きでさえ、人間は地球上にあまねく存在する重力が下方向にけん引する力をうまく利用して、筋肉の活動を最適化している。ところが、本番に伴うプレッシャーは、本来であれば不要な筋肉の活動を生じさせ、その結果パフォーマンスを低下させる。
ではなぜ、本番でこのような「あがり」が生じるのか。その要因については種々の観点から検討されているが、本稿では動きに際する注意の観点から説明する。スポーツ特有の動きや日常生活における基礎的な動きは、長年の反復によって、それらの動きに対して不要な注意が向けられることなく遂行されている。ところが本番になると、プレッシャーによって不要な注意が動きに対して向けられ、その結果動きがぎこちなくなり、パフォーマンスが低下してしまうのである。
他方で、本番でのプレッシャーにより、動きとは直接的に関係のない周囲の情報(例えば、試合会場にいる観衆)に注意が向けられることで、動きに対して必要な注意が減少し、その結果パフォーマンスが低下するという機序も知られている。なお、これら動きを対象とした「あがり」に対しては、その機序に応じた対処法が種々検討されている。
さて、本稿の執筆時点ではあるが、ChatGPTに「あがり」経験の有無を問うと、そのような経験は無いと回答する。「あがり」に苦慮する人は多く、それへの効果的な対処を望む声は多いが、この「あがり」という現象はAIでは生じにくい「人間らしさ」を示す現象である。AI技術の進歩は、本稿における「あがり」をはじめさまざまな観点から人間とは何かを問う機会をより与えるであろう。
※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2024年2月14日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。