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試練から学ぶべきこと

「well-being」に必要な心構え

本邦においてコロナ感染症が5類感染症に移行してまもなく1年を迎える。

政府資料によれば、3年数カ月続いたコロナ禍において奪われた命は約6.1万人、完全失業者数は210万人(3%)を超過したとのことである。学生を対象にしたコロナ禍における不利益や不満に関する調査の結果では、「休校やオンライン授業により社会的つながりが減少した」(約50%)、「イベント・行事への参加機会が失われた、あるいは参加が制約された」(約42%)などの回答が多かったという。尊い命、やり甲斐をもって従事していた仕事、大切なコミュニティー等々、それぞれが失ったものは少なくはなかった。

この試練を乗り越え、いまわれわれは元の生活を取り戻す方向へ歩んでいるが、その過程や方法はさまざまである。例えば全国におけるテレワーク実施率はコロナ禍直前の2019年末は10.3%であったが、コロナ禍中に30%を超え、5類移行後も20%台半ばで推移しているという。このように必ずしも以前の形や方法ではないが、渦中に習得したスキルや方法、新たに開発されたテクノロジーを活用し、より合理的な社会構造や生活の方法を再構築し、それぞれの"well-being"を追及しているといえよう。

さて、私は障がい者のリハビリテーション学を専門としているが、障がい者がwell-beingを進めるプロセスには、合理的な手段や方法による再構築が欠かせない。自験例で恐縮だが一例を紹介する。

約32年前、私は体育の授業中に起きた事故で頸髄損傷を患われた17歳の高校生に医療従事者として出会った。障がいは重く、頸部(けいぶ)から下の身体機能の自由は失われ日常生活はほぼ全介助の状態にあった。当時、パソコン、インターネットは一般普及していなかった。

彼自身ができることは。口にくわえたスティック(マウススティック)でワードプロセッサー機のキーボードをタイピングして文章を作成するのが精一杯であった。退院後になるが、インターネットとパソコンの普及が彼を助けた。英会話に出会った彼は、医療機関で習得したマウススティックとパソコンで英語検定1級に合格し、翻訳業の仕事を手に入れた。

そして最近は、遠隔コミュニケーションロボット、分身ロボット「OriHime」(オリィ研究所開発)に出会い、自宅に居ながらにして遠隔地にあるロボットを操作し、東京日本橋にあるカフェに来店した外国人の接客をするなど、彼がこれまでに培った能力を駆使して活躍されている。

生活を営んでいれば、社会も個人も、必ずと言ってよいほど想定外の試練に向き合わなければならない時がある。その際に個人として大事な心構えのひとつは「その時点で持ち合わせた能力と環境を駆使し、前を向いて生きること」であろう。そして、それを支える環境側に位置する専門家はより良いテクノロジーの開発やサービスの質の向上に勤(いそ)しまなければならない。それぞれのwell-beingを支援するために。

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健康科学部 山中 武彦 教授

※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2024年4月9日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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